「萌さんが陸くんに新しい世界を教えてくれたみたいに、陸くんだって私の世界の見え方を変えてくれたよ」
「え?」
「それにね、萌さんのために野球を続けてきたのも、本気で頑張ってきたのも、すごくかっこいい!」

 ただ続けることだって難しいはずなのに、陸は甲子園で結果を残すために、本気で野球に取り組んでいるのだ。

 練習が辛くて逃げ出したくなったかもしれない。
 努力に結果がついてこなくて、泣きたい日もあったかも。
 挫折しそうになったこともあるだろう。
 悔しい思いをしたこともあるはずだ。
 
 それでも諦めずに、萌を想って頑張り続けた陸は、誰が何と言おうとかっこいいに決まっている。

「たった一人を一途に想い続けられるところもかっこいいでしょ。大好きな萌さんから離れてでも、結果を残すために行動したのもすごい。一生懸命努力して、甲子園で結果を残しちゃうところもヒーローみたい!」

 かなでが思う、陸のすごいところ。好きなところを指折り数えながら挙げていく。
 陸は俯いてしまっていて、表情が確認できない。それでもかなでは言葉を続けた。

「大事にしてくれる人がそばにいて、萌さんがその人を好きになったからって、陸くんの気持ちの方が小さかった、とかそんなことは絶対ないよ」

 だってかなでは知っている。
 かなでにせがまれて、たまに好きな人の話をしてくれるとき、陸はとても優しい顔をする。
 萌のことが大好きだから。誰よりも大切だから。
 陸はいつも、優しい表情を浮かべるのだ、と。

「私は、陸くんが萌さんのことを大好きだって知ってるよ! それに、陸くんのその優しい気持ちは、萌さんにも伝わってるはずだよ」

 だって萌さんも、陸くんの名前を呼ぶとき、優しい声をしてたもん。
 かなでの言葉はちゃんと陸の胸に届いているだろうか。
 届いていたらいいな、と願いながら、かなでは明るい声で言葉を紡ぐ。

「陸くんはかっこいいよ! 他の人がどう思うのかは知らないけど、少なくとも私の中で、陸くんは今もかっこいいままだよ! 大好きなままなんだよ!」
「なる…………」

 陸が顔を上げた。
 その目に涙は浮かんでいないのに、泣き出してしまいそうだ、と思ったのはどうしてだろう。
 考えるよりも先に、身体が動いていた。
 立ち上がって、陸を思い切り抱きしめる。
 友達にしてはやりすぎかもしれない。でも今は。今だけは許してほしい。
 かなでの気持ちも、今だけは、しまっておくから。

 陸は抱きついてきたかなでを突き放すこともなく、抱きしめ返すこともなかった。
 ただ、かなでの肩にぽすん、と陸の頭が寄りかかってきたので、きっと嫌なわけではないのだろう。
 かなでよりもずっと広い陸の背中を優しく撫でながら、静かな教室に二人の呼吸音だけが響いていた。