「前に話してくれた好きな人、萌さんなんだよね?」
「ん、そうだね」
「…………もしかして萌さんって、他に好きな人がいるの……?」

 ためらいがちに紡いだ質問に、陸はあっさりと答えた。
 いるよ、好きな人っていうか彼氏だけどね、と。
 陸がずっと好きだった人。その萌に、彼氏がいる。それはつまり、陸の失恋を意味しているのだ。
 かなでは言葉を失い、唇を噛んだ。

「………振られたんだよ。去年の秋かな」
「そんな……ごめん、私、知らなくて…………」
「俺があえて言わなかったんだよ。だってかっこ悪いじゃん」

 苦笑して肩をすくめる陸は、言葉では言い表せない複雑な表情を浮かべていた。
 悲しみ、自責、劣等感、自暴自棄、喪失感、それから寂しさ。
 いろんな感情がないまぜになり、陸の中で整理できていないのかもしれない。

 きっと、萌に振られてからずっと一人で悩んできたのだろう。
 誰にも相談せず、辛い気持ちも吐き出さず、ひとりぼっちで。

 陸が好きだと言ってくれたいつもの笑顔を浮かべ、かなでは身を乗り出して陸の顔を覗き込む。

「かっこ悪いところも、いっぱい見せてよ!」

 驚いたように目を丸くし、陸は首を横に振る。

「やだよ。せっかくなるが俺のこと推してくれて、かっこいいって言ってくれてるのに、幻滅させちゃうじゃん」

 かっこ悪いところなんて見せたくない。
 そんな言葉を口にした陸は、きっと分かっていないのだ。
 かなでがどれほど陸のことを好きか。
 陸の全部が大好き、というかなでの重すぎる愛も、分かっていない。

 かなではやわらかい声で陸に呼びかける。

「分かってないなぁ、陸くんは。私クラスの陸くん推しになるとね、全部かっこいいに変えてみせるよ!」

 私を信じてよ、と笑うかなでは、まるで昔の陸のようだ。
 かなでは嘘つきなので、嘘をつかないよ、とは約束してあげられない。
 でも、陸に元気をあげることはできるはずだ。
 だってかなでは、陸のいいところを誰よりも知っているのだから。

 そんなこと言われてもなぁ、と陸は困ったような顔をする。
 それでもかなでの熱意に押され、しぶしぶ語り始めた。

 萌とは幼稚園の頃からの幼馴染であること。
 人見知りだった陸に、いろんな世界を教えてくれた人で、萌に誘われたことをきっかけに野球も始めたこと。
 ある事件をきっかけに萌は野球をやめてしまったけれど、萌の分も野球を頑張ろうと思ったこと。
 野球がうまくなれば萌に好きになってもらえる、と思い込んで、硬式野球のチームに入ったり、甲子園を狙える高校を選んだこと。
 それなのに、離れている間に萌は自分を大事にしてくれる人に出会い、好きになってしまったこと。
 告白し、振られてからは、気持ちの整理をしようとしていること。

 陸の話にかっこ悪いところなんて、一つもなかった。