「また萌が危ないことしてる…………ってあれ? なる、どうしたの」
「陸ちゃん!」

 かなでの手首を握っていた手が和らぐ。
 こちらを覗き込んでいる陸の手には、クレープが二つ。
 隣の女の子の表情が安堵の色に変わり、かなでは状況を理解した。

 この、とびっきりかわいくて、見ず知らずの私を助けてくれるような優しい人が、陸くんの好きな人!?

 いろんな意味でショックを受けていると、男たちは顔を見合わせて、後退りをする。
 そして、こいつ速水陸だよな? と小さく呟き、情けなくも逃げ出した。

「陸ちゃんありがとう! 何も考えずに飛び出しちゃったから、声をかけてくれて助かった……!」
「萌は昔から無鉄砲だよね」
「そう?」
「そうだよ。…………なる、大丈夫?」

 陸の大きな手が、目の前でひらひらと動かされる。
 この子やっぱり陸ちゃんの友達だよね、と女の子が呟き、ナンパに絡まれちゃってたの、と説明をしてくれる。

「あ……えっと、ありがとうございます、萌、さん?」

 かなでがおそるおそる名前を口にすると、きょとんとした表情で萌は首を傾げる。

「あれ? 私のこと知ってるの?」
「うん。俺がよく萌の話をするから」

 照れた様子もなく陸は萌に説明する。
 萌も気にすることなく「あなたはなるちゃんっていうの?」と訊ねてきたので、かなでは慌てて自己紹介をした。

「成海かなで、です。陸くんとは中学から一緒で……」
「俺の一番仲のいい友達」
「そうなんだ! かなでちゃん。よろしくね、私は雨宮萌です」

 にこ、と笑顔を作ると、萌はより一層かわいく見えた。
 かわいくて、優しくて、人懐っこくて、陸との距離が近いことも当たり前で。
 かなでの持っていないものを全て持っている。そんな人だった。

 陸は持っていたクレープの片方を萌に手渡す。それから「いちごカスタード、なる食べる?」とかなでに訊いてくれる。

 優しい。優しくて、大好き。
 でも、かなでの頭には、先ほど陸が口にした一番仲のいい友達、という言葉がリフレインしていた。

 いつもだったらきっと素直に喜べた。
 陸くんの一番だ! とはしゃいで、飛び跳ねていたはずなのに。

 どうしてか、今は泣いてしまいそうだった。
 声を出したら涙も一緒にこぼれてしまいそうで、陸の問いかけには首を横に振って答えた。
 断ったのに、陸はかなでの手を取って、食べな、とクレープを手渡してくる。

 どうしていいか分からず、陸と萌の顔を見比べる。
 美男美女。どう見てもお似合いのカップルだ。
 せっかくのデートを、かなでが邪魔してしまっている。陸のためにも早く立ち去らなきゃ、と思うのに、クレープだけもらって立ち去るのは失礼すぎないか、と葛藤してしまう。
 かなでが困っていると、萌がスマートフォンの画面を見て声を上げた。

「あ、麻衣がもう来るって」
「別行動してた友達?」
「そう。せっかく一緒に来たのに、すぐ一人でどこかに行っちゃうんだから」

 困っちゃうよね、と萌は笑うけれど、かなでは心から羨ましいと思った。
 他校の文化祭に一緒に行ける友達がいる。当たり前のように萌は口にしたが、中学のときのトラウマが邪魔をしてうまく友人関係が築けないかなでには、とても眩しく感じた。
 何から何まで、かなでとは正反対な人だ。
 ひどくみじめな気持ちになり、泣きたくなった。でもここで泣いてしまったら、本当にみじめになってしまう。涙を堪えて、かなでは無理矢理笑顔を作った。