陸に手を引かれながら、控え室まで戻った。
 いつもなら陸がそばにいるだけで、かなではたくさんお話したくてたまらないのに、今はそんな余裕もない。
 まだ緊張の余韻が残っているのか、頭はふわふわとしていて現実感がない。

 控え室にはまだ誰も戻っていなかった。文化祭で学園内は騒がしいのに、控え室だけがやけに静かだ。
 ドレス姿のかなでが座りやすいように、陸が椅子をそっと足元に寄せてくれる。

「そのまま座って大丈夫だよ」
「あ、ありがとう……」

 椅子に座って落ち着くと、ようやくファッションショーが無事に終わったことを実感する。
 よかったぁ……、と安堵のため息をこぼしたかなでの前に、陸が再び膝をつく。

「…………いつものなるに戻った?」
「え?」

 陸の不思議な言葉にかなでは首を傾げる。緊張で全身がこわばっていたのか、そんなささいな動作すらもぎこちなくなってしまう。
 違和感の残る身体は自分のものでないみたいで気持ちが悪いが、かなで自身のことよりも、陸の発言の意味が気になった。
 首を傾げるかなでに、陸は眉を下げて、困ったように笑った。

「さっきのなる、別人みたいだったから」
「そうなの?」
「うん。きれいすぎてびっくりした」

 唐突に投げられた豪速球に、かなでは頰が熱くなるのを感じた。
 胸の奥がきゅう、と鳴いて、泣き出してしまいそうだ。
 大好きな人にきれいだと言ってもらえる日がくるなんて。
 蓮がメイクとヘアアレンジで魔法をかけてくれたおかげだ。

 きっとかなでは真っ赤になっているはずなのに、陸は気にした様子もなく、かなでの顔を覗き込む。

「なる、ちょっと笑ってみて」
「えっ、ええ…………?」

 まだ頰がこわばっていて、蓮にアドバイスしてもらったような、口角だけを上げる笑みになってしまう。
 陸は「んー、違うんだよな」と呟きながら、首を傾げる。
 そして驚くことに、陸のマメだらけの大きな手が、かなでの頰をふに、と引っ張った。

「笑って、もう一回」
「えええ? なに、どうしたの陸くん」

 何やらかなでの表情が気に入らないらしい。そんな陸は珍しくて、かなでは思わず笑みをこぼした。
 するとようやく納得したのか、陸の手がかなでの頰から離れていく。そして陸は、眩しそうに目を細め、やわらかい笑みを浮かべた。

「うん。さっきのなるもよかったけど、俺はやっぱりいつものなるの笑顔が好きだな」
 
 またしても胸がきゅんと悲鳴を上げる。
 きっと陸からしたら、何気ない言葉だ。
 でもかなでには、どんな宝石よりも価値のある、宝物で、お守りだ。

 どうしよう。
 私、やっぱり陸くんが好き。大好き。
 
 泣きそうになって、陸の目をじっと見つめる。
 ん? と笑いながら首を傾げた陸に、大好き、と言って抱きついた。
 それからこの恋がバレないように、推しが尊いよぉ、といつもの嘘を付け足して。
 陸はかなでの背中をぽんぽんと優しく叩いて、お疲れ様、と優しく囁いた。