差し出された手に、かなではそっと手を重ねる。
 陸はゆっくりエスコートをしてくれる。

 ドレスの裾を踏まないように。
 口角を少しだけ上げて。
 俯かない、でも目線は下でも大丈夫。
 導いてくれる陸の手を信じて、かなではゆっくり歩いていく。

 うるさかった心臓が少しずつ落ち着いてきて、鼓膜も周囲の声を拾い始める。

 あの子誰? 見たことないよね?
 ドレス似合う……!
 タキシード姿の陸くんかっこよすぎ!
 衣装の完成度高すぎじゃない?
 ドレスは花でタキシードが新緑って言ってたっけ。
 陸くんこっち向いてー!
 ドレスの子超好みかも。七組にあんな子いた?
 すごくお似合いじゃない? あの二人…………。

 会場に入った瞬間はすごく静かな気がしていたけれど、聞こえてくる声はどれも好意的なものばかり。
 もしかするとかなでの緊張を察した脳が、音の情報を遮断してしまっていたのかもしれない。

 階段を一歩、また一歩とゆっくり上がり、ようやくステージ上に立つことができた。
 スポットライトからステージの照明に切り替わり、少しだけ眩しさが和らいだ。
 蓮のアドバイスを守り、口角を少し上げたまま、かなでは陸の隣に並び立つ。
 司会役が衣装のこだわりポイントなどを紹介をしてくれて、そのたびに拍手が起こるのは嬉しかった。

 スポットライトほどではないけれど、通常の照明も十分眩しい。でもその眩しさにようやく目が慣れてきた頃、客席で見守っていたらしい咲夜と目が合った。
 少し距離があるので、表情までは読み取れない。でも視線が交わっていることは、確かだった。

「それでは退場の前にもう少しだけ、衣装を見せてもらいましょう!」

 司会の声に、かなでは現実に引き戻されたような気がした。
 ドレスが引き立つように、何かポーズを取らなければいけない。
 優里香は練習のときどんなポーズをしていただろうか。必死で思い出そうとするが、ふわふわと現実感のない頭では、かけらも思い出せない。

 そのときだ。
 陸がかなでの手を優しく引き、もう一方の手を腰に回し、ふわりと身体を回転させた。
 ステージ上で、陸とかなでが向かい合う。
 そしてかなでの手を取ったまま、陸は一歩身を引いた。
 何をするのだろう、と思っていると、陸はかなでの目の前で跪き、あろうことか、かなでの左手の薬指にそっと口づけたのだ。

 体育館が揺れている、と感じるほどの、悲鳴が上がった。
 王子様のような所作を見せた陸に対する歓喜の声。
 あの女羨ましすぎる、そこ替わってよ、という妬みの悲鳴。
 それから王子様とお姫様のようなやりとりへの感激の声。

 ばくん、ばくん、と口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、大きく鼓動している。
 かなでの手に口づけた陸は、周りの声など気にもとめない様子で、ゆっくり顔を上げる。
 見上げてくる陸の瞳は、いつもと同じ薄茶色のはずなのに、知らない人の目のように見えた。

 獲物を見つけた肉食獣?
 ううん、そんなに獰猛なものじゃない。
 うまく言葉では説明できないけれど、男の人の目だ、とかなでは思った。

 そのまま立ち上がった陸は、客席に一礼して、かなでの手を引き舞台袖に捌けていった。
 二人が姿を消した後も、しばらくの間、会場には拍手が鳴り響いていた。
 耳を刺激するその大きな拍手の音が、ファッションショーの成功をかなでたちに教えてくれていた。