ファッションショーが始まった。
 体育館のアリーナの真ん中に道を作り、両側に鑑賞席を用意してある。アリーナ後方からモデルが登場し、両側の観客に衣装を披露しながら、前方にあるステージに上がる。そこで改めて衣装を見てもらい、モデルは舞台袖に捌ける、という段取りだ。
 かなでの出番は一番最後。体育館の外で待機しながら、心臓がバクバクとうるさく音を立てるのを聞いていた。

 会場内は盛り上がっているようだ。
 新しい衣装が披露されるたびに、歓声や拍手が上がる。
 クラスのみんなで一生懸命準備をしたのだ。盛り上がっていることは、ありがたいはずなのに。

 どうしよう、すごくこわい。
 ドレスに見合ってないって思われたら。
 一人だけブスが出てきたって嗤われたら。
 拍手も歓声もなくて、私のときだけ無音だったらどうしよう。
 ううん、もしかしたら大ブーイングかも。

 足が震えて、手は指先まで冷え切っている。
 せっかく別人になれる魔法を蓮がかけてくれたのに、中身は人目がこわくて被害妄想の強い、いつものかなでだ。
 泣きそうになっていると、次は春の舞踏会をテーマにしたこちらの衣装です! というアナウンスが聞こえてくる。
 これまで以上に大きな歓声が上がった。黄色い悲鳴とも言える、女の子の歓喜の声。
 かなでが待機しているのとは別のドアが開き、タキシード姿の陸が会場に入ったのだろう。

 目の前のドアが開いたら、次はかなでの番だ。
 ガタガタ震える足も、真っ白になる頭も。
 どうしたら冷静になれるのか、かなでには分からない。完全にパニックを起こしていた。

「かなちゃん! 間に合った……!」

 もう少しで扉が開く。そんなタイミングで、蓮の声が耳に届いた。
 さっきまで出番だったはずだ。舞台袖から裏口を抜けて走ってきたのか、息が上がっている。
 蓮くん、と小さく呟いた声も、情けなく震えていた。

「言い忘れたことがあって」
「…………?」
「りっくんの前で、いつもかなちゃんはにっこにこの笑顔でしょ。満面の笑みっていうの?」

 振られた話が、あまりに唐突で脈絡のないもので、かなでは目を丸くする。
 そもそも、かなで自身にそんな自覚がないのだ。
 陸の前だと、そんなにだらしのない笑顔を浮かべているのだろうか。
 かなでは陸のことを推しだと言っているので、問題ないのかもしれない。でも指摘されると、なかなか恥ずかしいものがある。

 目の前の扉が開いた。
 体育館の照明は落とされている。
 かなでが入るのと同時に、スポットライトが動く演出なのだ。

 蓮は一瞬会場内を見やり、それからかなでに優しく呼びかけた。

「そういう笑顔じゃなくてさ。口角をほんのちょっとだけ上げればいいから」

 あとはりっくんが何とかしてくれるよ、と背中を押される。
 震えていた足が、一歩を踏み出す。
 眩しいスポットライトがかなでを照らした。

 わあ、と会場のどこかで声が上がる。
 でもやけに静かな気がした。かなでは本当に逃げ出してしまいたくなった。
 おそるおそる顔をあげると、陸が歩いてかなでを迎えに来てくれるのが視界に入った。眩しくて陸の表情は見えない。
 かなでは、陸に手を差し出されてから歩き出せばいい。静かに深呼吸をしてみると、蓮のアドバイスが頭に過る。

 口角をほんのちょっと上げればいい。
 顔の筋肉も緊張でこわばっている。いつものようには笑えない。でも、少しだけなら。

 かなでの元まで歩いて来て、手を差し出した陸が、息を飲むのが分かった。