ドレスは無事に着ることができた。
 しかし悲しいことに、胸元に余裕がある。言い方を変えよう。圧倒的に胸が足りない。

「ど、どうしよう……! 胸元がパカパカ開いちゃうんだけど……!」

 着るのを手伝ってくれたクラスメイトが、かなでの胸元を覗き込む。
 これじゃあ見えちゃうね、と言われ、かなでは焦ってしまう。
 胸に合わせてサイズを後ろで調節しようとすると、ドレスの形が崩れてしまうのだ。

「よし! かなで、胸に詰め物しよう!」
「悲しすぎるんだけど……」

 衣装を作ったときに余った布を縫い合わせ、綿を詰めた即席パッドが作られる。
 それを胸元に仕込めば、胸のサイズが底上げされ、ドレスがようやくきれいな形に見えるようになった。

「よし、かわいい! じゃあかなでもメイクしてもらっておいで!」
「う、うん! ありがとう!」

 ドレス姿でメイク用に仕切られたスペースに入ると、かなでを見て蓮が目を丸くした。

「えっ、代わりの女子ってかなちゃん?」
「う、うん。やばい? 似合わなすぎる?」
「似合うよ、大丈夫」

 座って、と促されるままに椅子に腰かけると、蓮は慣れた手つきでヘアアレンジを始めた。
 かなでは何度も練習に付き合っていたので、髪質やクセは蓮も把握しているだろう。優里香よりもかなでの方が髪は短いが、それでも胸あたりまでは伸ばしているので、アレンジに支障はなさそうだった。
 緊張してそわそわと落ち着かないかなでに、蓮は優しい声で話しかけてくれる。

「大丈夫だよ。舞踏会の方のステージは、男女一緒に登壇するから、りっくんがエスコートしてくれるよ」
「うう…………陸くんに迷惑かけたくない……」
「かなちゃんなら大丈夫」

 ほら、できたよ。と蓮が仕上げてくれたヘアスタイルは、優里香にする予定だったものと違うアレンジだった。
 アレンジを決める段階で何パターンか試していたが、この髪型はなかったはずだ。驚いて蓮を見上げると、照れたように笑った。

「俺、ヘアメイクの仕事がしたいんだよね。だからいろいろ動画とか見て勉強してんの」

 かなちゃんにはこっちの方が似合うと思って。
 蓮はそう言って、かなでの顔のサイドの髪を指先でつまんだ。
 両サイドに少しだけ残された髪は、ふんわりとカールしている。
 鏡で見せてくれた後ろ髪は、緩めの編み込みとねじりが施されているのは分かるが、それ以外はどうなっているのかさっぱり分からなかった。
 リボンに似た形の編み下ろしはそれだけでもとてもかわいいのに、ドレスに合わせて花の髪飾りもついている。

 三つ編みのシニヨンにする予定だった優里香よりも、ふんわりとした印象の仕上がりになっていた。
 元々美人な優里香はシンプルなアレンジで、おとなしめの顔立ちのかなでには、可愛らしい印象のアレンジにしてくれたのかもしれない。

「蓮くん、ヘアメイクのお仕事絶対に向いてるよ……!」

 かなでの言葉に、蓮は嬉しそうな笑みを見せた。
 それからドレスに見劣りしないよう、メイクも施してもらい、かなでは改めて鏡の前に立ってみた。

「違うひとみたい…………」

 髪型でかわいらしさを演出し、メイクは大人っぽく、きれいめに。
 主役の桜色のドレスが引き立つように。

「ね? かなちゃんなら大丈夫って言ったでしょ?」

 かなでにシンデレラの魔法をかけた魔法使いは、いたずらっぽく笑ってみせた。