蓮とかなでが食べ終わる頃には、控え室にクラスメイトが集まり始めていた。
 結局あの後蓮はそれ以上語ろうとはしなかったけれど、かなでは何か役に立てたのだろうか。
 教室に咲夜と陸が入ってきたときに、蓮はいつも通り声をかけていたので、少しでも気持ちの整理ができたならいいな、とかなでは思う。

 ファッションショーの時間が近づいてきたので、控え室は騒がしくなってきた。
 特に蓮は、モデル役とヘアメイクをどちらも担当しているので大忙しだ。少しでも蓮の負担が軽くなるように、かなではヘアメイクの助手として駆け回った。
 そのとき、ふと教室の隅の方がざわついていることに気がついた。
 何かトラブルがあったのかもしれない、とかなでがそこに顔を出すと、数人の女子が集まってひそひそ話をしている。

「どうしたの? 何かあった?」
「かなでちゃん、どうしよう……! 優里香ちゃんが……!」

 女子の中心にいるのは、モデルとしてショーに出る予定だった優里香だ。
 顔色は真っ青で、冷や汗もかいている。
 かなでは慌てて大丈夫? と声をあげるが、周りの女子にしーっと注意されてしまう。
 そして小声で、生理痛だから男子には知られたくないみたい、と状況を説明してもらった。

「優里香ちゃん大丈夫? お薬は?」
「飲んだけど効かなくて……どうしよう……みんな頑張って準備したのに…………」

 優里香がきれいな顔を歪め、泣きそうな表情を浮かべる。
 体調が悪いはずなのに、それよりもショーのことが気になって仕方ないようだ。
 優しくてまじめな子だ。クラスメイトの努力が無駄になってしまうかもしれない、と心配しているのだから。
 もしもファッションショーがうまくいかなかったら、きっと優里香は自分を責めてしまうに違いない。
 どうしよう、と焦る心を隠し、かなでは無理矢理笑顔を作る。

「大丈夫、優里香ちゃん。私が絶対に何とかするよ!」

 本当はそんな自信なんてどこにもない。
 でもかなでは優里香を安心させるために笑った。
 そして周りにいた女の子の一人に、あたたかい飲み物を買ってきてもらうように頼んだ。
 生理痛に冷えは大敵。とにかくまず優里香の体調を回復が第一。そして優里香がショーに出られないとなれば、代役が必要になる。

「優里香ちゃんの代わりに、誰か出られないかな」
「でも衣装は優里香のサイズなんだよね? 優里香は細いし、あのサイズが着られそうな人なんて…………」
「量産型の方は私がやるよ。あっちは既製品だから私でも入ると思うし」
「ありがとう! 芽衣子ちゃん!」

 先に出番のある量産型ファッションの方は、衣装作りを積極的に手伝ってくれていた芽衣子が立候補してくれた。
 問題はドレス。しっかりと採寸をして作っているので、優里香に近い体型の人でないと着られない。
 しかも優里香は細い上に、胸やお尻はほどよく膨らみがある、かなりスタイルがいいタイプだ。
 クラスの女子たちは、ドレスと自分の体型を見比べて、首を横に振る。

 ショーでモデルをやるのなんて恥ずかしくて無理だよ、と言っていた女子さえも、ドレスを鏡の前で合わせてみてくれていた。

 みんなファッションショーを成功させたいと思っているのだ。
 かなでだけ何もしないなんて、そんなのは嫌だ。

「…………かなでちゃん」

 泣き出しそうな優里香の顔を見て、かなでは心を決めた。

「わ、私が、やる…………!」

 勇気を振り絞って口にした言葉に、視線が集まるのを感じた。

 人目がこわい。人前に立つのなんて、こわくてたまらない。
 また誰かに悪口を言われるかもしれない。
 美人な優里香の代わりが、よりによってお前かよ、と思われるかも。
 それでも、みんなで一生懸命準備してきたショーが、できないよりずっといい。

「かっこいいじゃん、かなで」

 もう一人のモデル役をやる菜穂が、かなでの背中を思い切り叩く。
 痛いくらいの勢いだったけれど、悪意ではなく気合いを入れてくれたのだ、と伝わってくる。

「うん。私たちも全力でサポートするよ」

 そう言って、クラスメイトたちは忙しく駆け出した。ヘアメイクを担当している蓮に、変更を伝えに行く者、蓮の手伝いをする者、司会者に原稿の差し替えを頼む者。
 クラスのチームワークを実感し、かなでは震えそうになる身体を何とか押しとどめた。
 みんなが頑張っている。菜穂に気合いも入れてもらった。かなでだけ、逃げるわけにはいかない。
 しっかりと意気込んで、かなでは桜色のドレスに手を伸ばした。