ファッションショーの控え室として押さえた教室は、三年七組の生徒の休憩室にもなっていた。
椅子に座って外を眺める後ろ姿に、かなでは声をかける。
「蓮くん! やっと会えたー!」
「かなちゃんおはよー。なに、もしかして探してた?」
「蓮くんと一緒に文化祭回ろうと思ったのに、どこにもいないんだもん!」
「あはは。ごめんごめん」
今日の蓮は、髪を後ろでまとめるだけでなく、低めの位置でシニヨンにしていた。きれいな金色の髪が揺れているのもかっこいいけれど、シニヨンにしているのはまたイメージが違って素敵だ。
男の人にこんなことを思うのはおかしいかもしれないが、うなじが色っぽいな、とかなでは心の中で呟いた。
「これ、ねぎちゃんから。蓮くんに渡してって」
お好み焼きのパックを蓮に手渡し、かなでは隣の椅子に腰掛ける。そして自分用にもらったオムそばのパックを開いて、いただきます、と手を合わせた。
蓮はしばらく手元のパックを眺めていたが、かなでに倣い、同じように食べ始めた。
「…………さっくん、何か言ってた?」
「なんか、蓮くんに避けられてるかも、って気にしてるみたいだったよ」
言わない方がいいことかもしれないが、大切な友達二人が気まずいままは嫌だ。
かなでにできることがあるなら、何とかしてあげたい。そう思うのはお節介だろうか。
陸と咲夜、蓮にかなで。高校に入ってからは、この四人で過ごすことが多い。
みんな同じように仲はいいと思うし、蓮が馴染んでいないとは思わない。むしろ積極的にみんなに話しかけてくれるし、場を盛り上げてくれる、四人のバランサーのようなポジションだ。
でも、どこか少しだけ、蓮は壁を作っているような、そんな気がする。
「私でよければいつでも話、聞くからね」
私じゃ頼りないなら陸くんがおすすめだけど、とかなでが付け足すと、蓮はやわらかく笑みをこぼした。
「かなちゃんは優しいね」
「蓮くんもねぎちゃんも友達だもん」
「…………さっくんも、友達?」
驚いて隣を見上げる。
蓮が目を伏せると、長いまつ毛が際立って見えた。
質問の意図は分からなかったが、答えは決まっている。
「友達だよ。幼馴染って言い換えもできるけど」
口に出して確認したことはないけれど、咲夜もきっとかなでのことを友達だと思ってくれているはずだ。
そうでなければさすがに寂しい。長い付き合いなのに、実は友達じゃありませんでした、なんて。そんなのは悲しすぎる。
どうしてだろう。蓮はどこか辛そうな顔で、笑った。
痛みを隠しているような。そんな笑顔だった。
「…………蓮くん。ごめんね。私、蓮くんが何に悩んでるのか、分からないんだ」
「ん、俺が言おうとしないからね」
「でもね、私もねぎちゃんも、蓮くんのこと心配してるよ」
そのお好み焼きも、蓮くんのために咲夜が作ったんだよ、と言うと、蓮は俯いてしまった。
伝える言葉を間違えてしまっただろうか。
かなではオムそばを食べながら、蓮の反応を待つ。しばらく黙っていたけれど、お好み焼きを箸で割って、蓮は呟いた。
「…………これは、ひとりごとなんだけどさ」
「ん?」
「俺、好きな人がいるんだよね。絶対に本人には言えない、叶わない恋をしてる」
かなでは何も言わなかった。
蓮はひとりごとだと言ったから。かなでが何かを言葉にしたら、蓮が口をつぐんでしまう気がした。
お好み焼きを一口食べて、美味しい、と呟いた蓮は、どこか泣き出しそうな顔をしていた。