文化祭当日。
クラスの出し物は午後の一番最初のステージになるので、それ以外の時間は自由行動が許された。
陸と咲夜は野球部の出し物であるソース屋さんの店番があるといって、早々に教室を出て行ってしまった。
仲のいい蓮もいつの間にか姿を消していて、見当たらない。
クラスメイトのほとんどが部活動や委員会の出し物に駆り出されているようで、部活に未所属のかなでは少しばかり寂しい思いをすることになった。
せっかくの文化祭。
思い切り楽しまなければ損だ。
クラスメイトの関わっている出し物はなるべく回るようにして、それからもちろん陸と、ついでに咲夜にも、会いに行きたい。
パンフレットを見ながら、行きたいところにオレンジのペンで丸をつけていく。学園内はとても広いので、先に目星をつけておかなければ、回りきれないだろうと思ったのだ。
文化祭の出し物といっても、種類がたくさんある。
食べ物の出店、かなでのクラスのファッションショーのようなイベントごと、体験型のゲーム、手作り小物の販売をしているところもあるようだ。
かなではたくさんの出し物を楽しみながら、クラスメイトに声をかけて回った。
ファッションショーの時間が近づいてきたので、かなでは最後に野球部の出店へ訪れた。
手作りの旗には、ソース屋さんと大きな字で書かれている。
たこ焼き、お好み焼き、焼きそば。ソースを使った食べ物を作って販売しているらしい。
汗をかきながら真剣な表情で焼きそばを作っている咲夜が視界に入り、かなでは声をかける。
「ねーぎちゃん! お疲れさま!」
「かなで…………。タイミング悪いな……」
「ありゃ。忙しかった?」
「いや、そうじゃなくて…………」
咲夜が眉を寄せる。喋りながらも手は動かし続けているのは、お店が繁盛しているからだろう。
パンフレットを見た限り、食べ物の出店は甘いものや軽食が多そうだった。お昼ご飯にするならば、ソース屋さんのメニューはぴったりなのかもしれない。
でも野球部の出店に人が集まるのは、きっとそれだけが理由ではないだろう。
文化祭は学外からもたくさんの人がやって来る。
昨年甲子園で活躍したという野球部を一目見に来ている、という人も少なくなさそうだ。
「そろそろクラスの方の集合時間だろ? 食いたいもんあれば持っていくけど」
「オムそばがいいなぁ。ねぇ、それより陸くんは?」
「…………集合時間にはちゃんと連れていく」
かなでが聞きたいのは陸の居場所だ。そのことは咲夜もきっと分かっているはずなのに、答えをはぐらかされたようだ。
「なーに。ねぎちゃん、何を隠してるの?」
「別に何も隠してねえよ」
「嘘だぁ。咲夜は分かりやすいんだから隠しても無駄だよ!」
自覚があるのか、咲夜はほんのりと頰を赤く染めてそっぽ向く。
作っていた焼きそばをこれでもかというほどパックに詰め込む。そして薄く焼いた玉子をふわりと乗せて、パックを輪ゴムで閉じた。
それから咲夜は隣の鉄板で今度はお好み焼きを作り出す。
焼きそば担当なわけじゃないんだな、と眺めていると、咲夜はようやく陸について教えてくれた。
へこむなよ、とかなでに念押しして、陸は来客対応中だと言う。
「来客? ファンの女の子ってこと?」
「そんなのいちいち対応してたらキリがないだろ。…………幼馴染だっていう女子」
陸の幼馴染の女の子。
胸の奥にざらりとした嫌な感覚が生まれる。
その感情には気づかなかったふりをして、かなでは笑顔を作った。
「そうなんだ。じゃあ集合時間には二人ともちゃんと来てね!」
逃げるように立ち去ろうとしたかなでを、咲夜が呼び止める。
渡されたのは、オムそばとお好み焼きの入ったパックだった。
「片方は蓮に渡してやって。あいつ最近俺のこと避けてるみたいだからさ」
「…………そうなの? 分かった。渡しておく」
受け取ったパックは見た目よりもずっしりとしていて、たくさん詰め込んでくれたのが分かる。
陸の幼馴染の女の子のことも気になるが、咲夜を避けている、という蓮のことも気になり、かなでは早足で集合場所へ戻った。