しばらくしてから落ち着きを取り戻したかなでは、三人にしっかりと謝罪した。
それから陸が誤解をしていたようなので、蓮とは話をしていただけで、決してキスをされそうになっていたわけではないと伝えた。
そんな疑いをかけられてしまっては蓮が可哀想だ。しかもよりによって、相手はかなでなのだ。
蓮の名誉のために話せる限りで事情を説明する。どうしてかなでが蓮の言葉を遮ろうとしたかは、陸本人に説明することができないので、そこだけ伏せて。
「なんだ、びっくりした。蓮までなるのこと好きになったのかと思った……」
陸が呟いた言葉が引っかかり、かなでは首を傾げる。
「蓮くんまでってどういう意味?」
その言い方だとまるで、誰かがかなでのことを好きみたいだ。
でもかなではここ最近、誰かに告白をされた覚えもなければ、好意を向けられている心当たりもない。
かなで自身が気づかないのに、陸は気づいている、なんてことがあるのだろうか。
陸の答えを聞くよりも先に、咲夜が声を上げた。
「おい陸……! そんなことより…………なるって呼び方どうしたんだよ」
「そう! そうなの! それでフリーズしちゃったの!!」
中学生の頃から陸とは付き合いがあるが、これまではずっと苗字で呼ばれていた。
陸は他の女子のことも基本的に名前ではなく苗字で呼んでいるので、かなでもそれが当たり前だと思っていたのだ。
さっきまでの話題のことなんてすっかり頭の隅に追いやって、かなではどうして? と陸に問いかける。
「え。なんでって言われても…………」
陸の言葉が途切れ、かなでは息を飲む。
薄茶色の瞳がまっすぐにかなでを捉える。
うるさく騒ぐ心臓の音は無視をして、陸の言葉の続きを待った。
「呼びたかったからだけど。ダメだった?」
きょとんとした顔で、小首を傾げてそんな言葉を紡ぐ陸。
大好きな人のあまりにかわいすぎる言動に、かなでは声にならない悲鳴のようなものを喉から絞り出してしまった。
このかわいすぎる人が、さっきかなでを心配してかっこいい行動をとってくれた人と、本当に同一人物なのだろうか。
かっこよさとかわいさのギャップがあまりにもすごい。ときめきすぎて心臓が飛び出してしまいそうだ。
「ダメなわけないじゃん…………陸くん好きぃ……」
「また泣きそうになってる。過剰摂取? なるって呼ぶのやめた方がいい?」
「やだ!! 呼んでください!」
かなでがぎゅっと陸の腕にしがみついて懇願すると、ぱっと振り払われる。
いつもどれだけくっついても嫌な顔一つしない陸が、かなでを引き剥がしたのは初めてのことだ。
かなでももちろん驚いたが、それ以上に陸の方がびっくりした顔をしていた。
「あ、ごめん……!」
「ううん、私もくっつきすぎちゃったから」
「いや、そうじゃなくて…………」
陸が眉をひそめて首を傾げる。
なんか急に恥ずかしくなって、と呟かれた言葉は、かなでの耳までしっかりと届いていた。
なると呼びたい、と言ってくれたり。
いつものようにかなでにくっつかれて、振り払ったり。
その理由が、突然恥ずかしくなったから、という不思議なものだったり。
なんだか今日の陸は、いつもと様子が違う。
これは絶対にかなでの勘違いで、自意識過剰なのだが、分かった上で言葉にするならば、少しだけかなでのことを意識しているような。そんな気がするのだ。
陸には好きな人がいる。出会った頃から変わらず、陸は一途だ。
そんなところも好きだと思う。
だから、勘違いでいいのだ。陸がほんの少しかなでのことを意識してくれているような、そんな幸せな勘違いができたことさえ、嬉しく思える。
この恋が今後ずっと叶わなくても。
この恋を陸に伝えることができなくても。
それでもかなでは、幸せなのだ。