蓮の首ねっこが掴まれるのと、かなでの手が後ろに引かれたのは、ほとんど同時だった。
子猫のように蓮の首元を掴んでいるのは、咲夜だった。咲夜の方が小柄なので、蓮はなかなか苦しそうな体勢になっている。
「れーんーっ。かなでから離れろ」
「ちょっとー。さっくん、首が痛い! 折れちゃうよ」
「折れろバカ」
「ひっどいなぁ」
咲夜がぽこんと軽く頭を叩くと、蓮は眉を下げて笑う。
かなりひどいことを言われているが、さすがに仲がいいだけあって、蓮は怒っていなそうだ。
何か蓮に悪いことをしてしまったな、とかなでがぼんやり眺めていると、また腕をぐいと引っ張られる。
自分のせいで蓮が咲夜に絡まれている。そのことにばかり気を取られて、かなでは自身の腕を引かれたことをすっかり失念していた。
振り向くと、やけに心配そうな顔をした陸がかなでをじっと見つめていた。
「なる、大丈夫?」
「………………ほえ」
「何が起きたの? なんか蓮にキスされそうになってなかった?」
陸の発言もなかなか衝撃的だったが、それ以前にかなでの頭は全く違う考えに支配されていた。
今、陸くん、私のこと、なるって呼んだ?
成海の、なる?
えっ、あだ名? 急に? なんでそんなご褒美を突然?
固まるかなでの目の前でひらひらと手を振りながら、「なるー。本当にやばい? 蓮のこと叱っておこうか?」と陸は訊ねてくる。
その表情は本当にかなでのことを心配するものだったので、何か応えなきゃと思う。
それなのに、かなでは動くことも、声を出すことすらできなかった。
陸に掴まれた腕が。
なる、と呼ばれた耳が。
見つめられている顔が。
熱くてたまらない。
恥ずかしさと嬉しさで目に涙が浮かんでくる。かなでの反応が予想外だったのだろうか。陸はひどく驚き、それから焦ったようにかなでと蓮の距離を取らせようとする。
一部始終を見ていて、この状況を冷静に理解しているのは蓮だけだった。
「あー…………りっくん。たぶんだけど、色々勘違いしてるよ?」
「え、何が?」
「とりあえずかなちゃんは、推しの過剰摂取で死にそうになってるんだと思うよ」
蓮の分かりやすい説明によって、ようやく陸にも状況が伝わった。
えっ俺? と言いながら、陸がぱっと腕を離す。物理的な距離が少しできたことにより、かなでの頭はようやく動き出す。
「…………なる?」
おそるおそる、かなでの様子を伺う陸。
まだ熱い頰を両手で覆い隠し、かなではしゃがみ込んだ。
「………………陸くんがかっこよすぎて死んじゃう……」
やっとの思いで絞り出した言葉に、かなでの友人たちはそれぞれ全く違う反応を示した。
蓮はこの状況を心底楽しんでいるようで、くすくす笑っている。
咲夜は「かなでお前いい加減にしろよ」と呆れ返っていて。
陸は安堵のため息をこぼしていた。