文化祭が近づくにつれて学内は騒がしくなっていった。
 三年七組のファッションショーの準備は極めて順調だった。衣装や小物作りは予定していたよりも早く出来上がりそうだし、演出やヘアメイクの練習も順調。
 手先の器用な蓮が中心になってヘアメイクを担当してくれている。不器用なかなでは役に立てそうもないので、メイクはヘアアレンジの動画を探したり、練習台になることで貢献している。

 今日は大正ロマンのイメージに合うヘアスタイルを何パターンか試してみている。ふんわりと髪を巻き、少し重めに前髪をセットする。後ろ髪には色鮮やかな大きなリボン。

「いいねー。かなちゃんこの髪型似合うと思うよ」
「本当!? 後で陸くんに見せにいこうかな」

 蓮に褒めてもらって嬉しくなり、かなではいつも通り陸の名前を口にする。そんなかなでに呆れることなく、蓮はしみじみとした口調で言った。

「かなちゃんは本当にりっくんが好きだねぇ」
「当たり前だよー! 陸くんは私の世界一の推しだもん!」
「じゃあそんなかなちゃんにいいことを教えてあげようかな」

 いたずらな笑みを浮かべ、かなでの目をじっと見つめる蓮に、思わずドキッとしてしまう。
 友達とはいえ、蓮のような美形は心臓に悪い。動揺を悟られないように、いいことってなに? と普段通りの口調で訊ねる。
 この間、女子の代わりに陸の採寸をしたときの話だと蓮は言う。 

「かなちゃんに採寸を頼もうとしたら断られたって話をりっくんにしたんだよ。そしたらりっくん、なんて言ったと思う?」

 聞きたいような、聞きたくないような。
 不安混じりの声でかなでが「なんて言ったの?」と訊ねると、蓮は優しい笑顔を浮かべる。

「他の女子より成海に採寸されるのが一番恥ずかしい、ってさ」

 それがどういう意味かは分からない
 かなでと仲がいいからかもしれないし、もっと違う理由かも。
 陸の考えは分からないけれど、確かなことが一つ。
 少なくとも陸にとって、かなでは『女の子』だった。

 そのことが分かっただけで、どうしようもなく嬉しく思えてしまう。
 なんて単純で、分かりやすい性格をしているのだろう。
 こんなに単純なことで喜んでしまうから、陸の犬だなんて言われてしまうのだ。
 でも今は、それでもいいと思った。
 忠犬ハチ公でも、陸のわんこと言われても、喜んで受け入れる。

 だって、陸はかなでのことを、ちゃんと『女の子』だと思ってくれているのだから。
 この情報には、どれだけバカにされても代え難い価値がある。
 陸がほんの少しでもかなでを『女の子』と思っていてくれるなら、それだけでどんなことでも頑張れてしまう。

 赤くなった頰でかなでがへらへらと笑っていると、蓮が「よかったね」と笑いかけてくれる。
 もしかしたら蓮は、かなでの陸に対する気持ちが恋だと気づいているのかもしれない。
 どうやって誤魔化そうかと急いで考えるが、かなでが口を開くよりも先に蓮が囁いた。

「大丈夫。誰にも言わないよ」
「…………え、な、なにを……?」
「何って言っていいの? かなちゃんがりっくんを……」
「わーーー!! 待って待って!」

 思い切り背伸びして、蓮の口を両手で塞ぐ。
 慌てたせいで少し大きな声が出てしまい、クラスメイトからの視線が集まるのを感じた。
 顔が熱い。頰に全身の熱が集まっているみたいだ。
 周りの人に見られているから、赤い頰を隠したい。それなのに、蓮の口から手を離してしまえばさっきの言葉の続きが紡がれてしまいそうで、動くことも出来ない。

 かなでに耳打ちしようと少し屈んだ蓮と、そんな蓮の口を両手で塞ぎ、必死に背伸びするかなで。
 変な姿勢で固まる二人に容赦ない視線が集まるなか、動きを見せたのは予想外の人だった。