歩き慣れた通学路も、隣に咲夜がいると少し中学生の頃に戻ったような気持ちになる。
いつも一緒に帰っていたわけではない。それでもたまたま玄関で顔を合わせれば、自然と一緒に帰る。咲夜とはそんな仲だ。
咲夜の帰る時間が少しでも早くなるように速足で歩いていると、手首を握った手がぐい、とかなでを引き留めた。
「そんなに速く歩いてたら疲れるだろ。ゆっくりでいいよ」
「だってねぎちゃんが帰る時間、どんどん遅くなっちゃうよ」
「いいよ別に。帰りはどうせ駅から寮まで走るし」
トレーニングついでな、と付け足された言葉が、優しさだと気が付かないほど、かなでも鈍くはない。
不器用で優しい幼馴染に、かなではいつも助けられている。
咲夜の優しさに甘えて、歩みをいつもの速度に落とす。するとようやく機嫌がなおったのか、隣を歩く彼の表情が和らいだ。
「ねぎちゃんは分かりにくいけど、昔から優しいよね」
「…………別に普通だろ」
「あと私に甘いね! 私にばっかり優しくしてると、他の女の子に勘違いされちゃうよ」
咲夜に好きな人がいるのかは知らない。
長い付き合いの幼馴染。今さら恋愛の話をするのは気恥ずかしくて、質問したこともない。
それでも女子の間でひそかに咲夜の人気が高いことを、かなでは知っているのだ。
からかうつもりで口にした言葉だったが、咲夜は心底呆れたような表情を浮かべていた。
「はーあ…………かなでは本っ当にアホだよな」
ついさっき口にした、優しいね、という言葉を撤回したくなるくらいには、咲夜は辛辣な言葉を投げかけてくる。
なによ、とかなでが口をとがらせて反論すると、咲夜は大袈裟にため息をついてみせた。
「別にどこの誰に勘違いされても構わないからかなでに優しくするんだろ」
勘違いされてもいいということは、咲夜は今好きな人がいないのかもしれない。
だって、もしも陸に好きな人がいる、と誤解されてしまったら。陸に自分の好意がバレるのは困るけれど、他の誰かを好きだと思われるのは辛い。
恋を応援されてしまったら、きっとかなでは耐えられずに泣いてしまう。
しばらく黙っていた咲夜が、ふいに足を止める。どうしたの? とかなでも歩くのをやめて咲夜の顔を覗き込んだ。
見慣れない真剣な表情の幼馴染に、心臓が少し騒がしくなる。そんなかなでの心情など知りもせず、咲夜低い声で問いかけた。
「……かなではよく陸に好きって言ってるけど、あれって本当に推しに対する気持ちなのかよ」
どくん、と大きく心臓が音を立てた。
動揺を悟られないように、口元に笑みを浮かべ、かなではなるべく明るい声で答える。
「当たり前じゃん! 陸くんは私の唯一無二の推しだよっ!」
「…………そうかよ」
咲夜はいつもの呆れ顔を浮かべ、再び歩き出す。
その後ろ姿を追うかなでには、聞こえていなかった。
嘘をつくときの癖は変わらねぇな、と呟いた咲夜の言葉は。