教室に戻ってきた咲夜は、数人のクラスメイトを連れてきた。
 東星学園には寮がある。主にスポーツ推薦で入学した生徒が入寮するが、遠方から通う生徒も申請すれば寮に入ることが出来る。
 陸や咲夜は野球に集中するため、寮暮らしをしている。
 咲夜はどうやら寮生のクラスメイトに声をかけて連れてきてくれたようだった。
 その中には陸もいて、かなでは驚いて飛び上がった。

「陸くん! あれ? 部活は?」
「今日はノースローの日だから大丈夫」

 聞き慣れない言葉にかなでが首を傾げると、陸は笑いながら説明してくれる。

「俺はピッチャーなんだけど、たまに肩を休める日を作らないと、故障に繋がるから」
「へぇ…………。えっ、でもいいの? せっかく早く上がれたなら、寮でゆっくり休んだ方がいいんじゃ……」
「成海が頑張ってるのに放っておけないでしょ」

 当たり前だと言わんばかりの表情で、そんな風に言われてしまえば、ときめかないはずがない。
 陸くん大好き! とお決まりの言葉を口にすれば、陸もいつも通り「はいはい」と笑って流される。そんな風につれないところも大好きだ。

「かなで、遊んでないで指示!」
「は、はいっ! えっとみんな疲れてるのにごめんね……! 少しだけ手伝ってもらえると嬉しいです!」

 かなでの言葉に、クラスメイトは口々に「クラスの出し物なんだからみんなでやろうよ」と言ってくれる。
 その言葉が優しくて、かなでは泣きそうになってしまった。

 班分けを思い出しながら、それぞれお願い出来そうな仕事を割り振っていく。
 手先の器用な人には生地の裁断や仮縫いを頼み、おしゃれが好きな子にはヘアアレンジの候補を挙げてもらうことにした。
 舞台のセットに使う大道具は、力仕事が得意そうな男子に任せ、放送部の女の子には司会を頼めそうな人をリストアップしてもらう。

 かなではみんなに仕事を割り振りながら、購入リストのチェックをしていく。足りないものを付け足し、なくても大丈夫そうなものは思い切って削除する。
 割り振った仕事が終わるたびにクラスメイトから声がかかり、その出来映えをかなでが確認して、次の作業を頼む。

 そんなことをしているうちに、あっという間に九時半になってしまった。
 さすがに遅くなりすぎたせいか、見回りに来た担任に「もう帰れよー」と注意をされる。

「みんなありがとう……! おかげでかなり作業が進んだよー!」
「じゃあ悪いけど片付けよろしくな。陸、あと頼んだ」
「ん、任された」

 担任の中原に急かされるままに、片付けを始めようとしたのに、咲夜はかなでの腕を引いて教室を出ようとする。

「えっなに、ねぎちゃん」
「かなでは通いだろうが! 送っていくから帰るぞ」
「えー? 大丈夫だよ。一人で帰れるし、ねぎちゃん寮暮らしなんだから、うちの方まで来たらまた戻って来なきゃいけないじゃん」

 かなでと咲夜は幼馴染なので、家も近い。家から学園までは電車と徒歩合わせて四十分くらいになる。
 それを往復すれば、咲夜は一時間二十分も無駄にしてしまうことになるのだ。
 それにかなでの仕事を手伝ってもらったのに、後片付けもせずに帰るのは心苦しい。
 教室の中を見ると、クラスメイトはみんなかなでにこっちは大丈夫だから帰りなと言ってくれる。

「危ないだろ、遅い時間に女が一人で歩き回ってたら」
「大丈夫だってば。私なんかを送っていく時間があるなら、寮でゆっくり休みなよー」

 かなでがあまりに断るものだから苛立ちを覚えたのだろうか。
 咲夜はムッとした顔で、かなでの方を睨み、大きなため息をついた。
 なによう、とかなでは不満を口にするが、咲夜は取り合うことなく教室の方へ向き直り、陸を呼んだ。

「あれ? まだ帰らないの?」
「かなでがごねてる。一人で帰るんだと」
「成海、もう外は暗いし一人だと危ないよ」

 陸が心配の言葉を口にしてくれるだけで、かなでの心はふわふわと浮き足立つ。
 私を送ってまた寮まで戻ってきたらねぎちゃんが休む時間もなくなっちゃうから、と陸に説明する。
 陸は少し考えて、かなでの目をじっと見つめる。

「じゃあ俺が送るか、咲夜に送られるか、二択ならどうする?」
「ず、ずるいよー…………。そんなの、ねぎちゃんに頼むしかないじゃん……」

 陸のそばにいたい。送ってもらえるなんて、かなでからしたらご褒美でしかない。
 でもかなでは、絶対に陸の負担になるようなことを選べない。
 だって、陸のことが大好きなのだ。負担になんてなりたくない。困らせたくない。
 咲夜には悪いが、かなでを送るという面倒なミッションを、陸の代わりに果たしてもらうしかない。

「はあー。ねぎちゃんごめん。じゃあ送ってください」
「最初っから素直にそう言ってればいいんだよ」

 相変わらず不機嫌な顔をした咲夜に再び腕を引かれ、かなでは陸に手を振る。

「陸くん、また明日! 手伝ってくれてありがとね!」
「うん。咲夜がいるから大丈夫だろうけど、気をつけて」

 咲夜もちゃんと帰ってこいよー、と陸が笑いながら声をかけると、なぜか咲夜は頰を真っ赤に染めた。
 戻るに決まってんだろ! と言い返した咲夜の言葉を聞き、陸が教室に戻っていく。
 その表情が少しだけ曇っていたことには、誰も気がつかなかった。