文化祭の準備は、とても慌ただしい。
もちろんかなで一人でやっているわけではないが、部活動をやっている子はそちらを優先してほしいと思ってしまう。
いいよ、やっておくよー! とクラスメイトに言い続けること数日。
かなでの元には頭を抱えたくなる量の作業がたまっていた。
放課後、誰よりも遅くまで教室に残り、文化祭の準備に勤しむ。いつもは蓮が付き合ってくれるが、今日は用事があるので先に帰ってしまったのだ。
ひとりぼっちの教室で、かなでは資料や手帳を広げながら苦戦していた。
文化祭実行委員の本部に提出する企画書。
ファッションショーに使う演出の申請。
当日の司会の依頼。
購入リストのチェックと買い出し。
衣装と小物作り。
テーマに合ったヘアメイク選び。
ヘアメイクの練習。
企画書を本部に提出しなければ、出し物が出来なくなってしまうので、最優先は企画書だ。これは最終チェックをして提出すれば終わる。
次にショーに使いたい演出をピックアップし、体育館の利用申請と共に演出申請もしなければいけない。これも手帳に書き出してあるものを清書し、チェックして提出すれば完了だ。
実行委員の本部の人達が帰宅する前に提出してしまおうと思い立ち、かなでは急いでその二つを確認する。
念のためスマートフォンで書類の写真を撮って、いつでも確認出来るようにしておく。
そして企画書と申請書を持ち、かなでは広い学園内を駆け回るのだった。
無事に書類を提出し終えると、今度はまた教室に戻って作業の続きだ。
担任に文化祭の準備で残る旨は伝えてあるが、一人で残るのは初めてかもしれない。廊下はもう暗くなっていて、歩くのが心細く感じる。
やだなぁ、と小さな声で呟き、スマートフォンのライトで足元を照らしながら歩いていると、ふと視界で何かが動いた気がした。
視線の先には明かりの漏れる教室。
その中で揺れる影。
思わず廊下を歩いていた足が止まる。
スマートフォンのライトが見えないように、慌ててライトをオフにしてポケットにしまう。
そのときだった。
「かなで?」
「きゃああ! ………………あれ、ねぎちゃん?」
教室から出てきた影が、かなでの名前を呼び、反射的に悲鳴を上げてしまう。しかしよく見たら、そこにいるのは幼馴染の咲夜だったのだ。
「教室に明かりついてるからもしかして、と思って来てみたら……何時だと思ってるんだよ」
「んーと、八時だね」
「八時だね、じゃねえ! こんな遅くまで一人でいたら危ないだろ」
「大丈夫だよー。まだ部活してる人もいるじゃん!」
この時間まで部活してる奴らはみんな寮生なんだよ、と咲夜が苛立ち混じりの声を上げる。
心配してくれるのはありがたいが、さすがに大袈裟な気がする。
かなでがへらへらと笑っていると、咲夜は不機嫌そうな顔でかなでの腕を引き、教室内に招き入れた。
「今日終わらせたい作業、あとどのくらいあるんだよ」
「うーん。ショーの司会をしてくれそうな人リストアップして、希望順に明日から依頼出すでしょ」
「ん」
「あと買うものリストのチェックしてー、それから衣装の方もちょっと進めたいし、同時進行でどんなヘアアレンジにするかも決めたいかなぁ」
指折り数えながら、かなでは今日中にやりたいことを挙げていく。一つ、二つと言葉にするにつれ、咲夜の額に青筋が立っていく。
長年の付き合いから、これは怒られるなぁ、と察したかなでだったが、咲夜は意外にも怒りの言葉を口にしなかった。
「あーもう、分かった。すぐ戻ってくるからかなではここを動くなよ!」
「え? うん」
もとより作業を再開するつもりなので、教室を出る予定はない。
それでもやけに念押しする咲夜を納得させるため、かなでは大人しく頷いた。