新しいクラスに馴染めるか、心配する間もなく、文化祭の準備は始まった。
 ファッションショーのモデルは四人。最低でも四着の衣装を用意しなければならない。
 全て手作りするのかと思っていたが、既製品をアレンジするのもありだと思う、という意見にかなでは安堵した。
 かなでは残念ながら、手先があまり器用ではないのだ。

 話し合いで決まった衣装のテーマは四つ。男子はストリート。女子は最近流行りの量産型ファッション。それから男女共通の大正ロマンと春の舞踏会だ。

 大正ロマンといえば、昔ながらの和装と、おしゃれで華やかなリボンなどの小物を組み合わせたスタイル。
 男性ならば、シャツと袴を合わせ、羽織とハットなどを組み合わせたらかっこいいだろう。

 春の舞踏会といっても、もちろんファッションショーなので、踊るわけではない。
 ただ陸にタキシードを着てもらいたいという女子の意見が多かったのだ。そして男子からも、美人な優里香のドレス姿は確かに見てみたいとの声が上がり、このテーマが採用された。
 そんなに本格的な服が果たして本当に作れるのか、とかなではひやひやしていた。しかしテーマがよかったのか、もしくはモデルがよかったのか。
 思いの外みんな衣装作りに対して協力的なので、心強いことこの上ない。

 特に、クラスに裁縫が得意な子が数人いて助かった。
 ロリータファッションが好きで、自分で服も作るようになった子。
 アニメが大好きで、推しキャラクターのコスプレをするために衣装を作っている子。
 中学生のときから手芸部で、小物作りが得意な子。

 クラスメイトの知恵を借りながら、衣装のデザインを一緒に考えた。
 ストリート系と量産型のファッションは、古着屋をめぐってめぼしいアイテムを手に入れ、そこにアレンジを加える、という話にまとまった。
 大正ロマンは各家庭にある着物や袴の写真を持ち寄って、組み合わせてコーディネートを考えることになった。
 問題は舞踏会のコーディネートだ。春をイメージした新緑のタキシードと桜色のドレス。そう決まるや否や、衣装製作チームが張り切り出した。

「まずは採寸! 陸くんと優里香ちゃんこっちに来て!」
「ええ! 身体のサイズをはかるの!?」
「そうしないと作れないでしょ!」
「やだぁー! 本番までにダイエットしようと思ってたのにー!」

 優里香が恥ずかしそうに声をあげるので、かなでは思わず苦笑してしまった。
 クラスでも一、二を争うほどスタイルのいい女の子で、どう見ても優里香にダイエットは必要なさそうだ。
 
 別室に連れて行かれる優里香を見守っていると、教室の後ろの方からかなでちゃん、と声をかけられる。
 陸の採寸に行ったはずのクラスメイトだった。

「どうしたの?」

 困った顔をしたクラスメイトに駆け寄り、かなでは首を傾げる。それがね、と頰を赤くしながら耳打ちされた言葉に、かなでは目を丸くした。

「速水くん、女子に採寸されるのは恥ずかしいから、白石くんを呼んできてって言われたの」
「蓮くん? 蓮くんは今なら手が空いてるんじゃないかな」
「う、うん。でもね。白石くんが、代打でかなでちゃんに任せるって…………」

 最後まで話を聞いて、かなではぱっと顔を上げた。蓮がニヤニヤしながらこちらを見ている。
 陸は女子じゃ恥ずかしいから蓮を呼んできて欲しいと言ったのに、かなでが代わりに行くのでは意味がない。
 かなでは話をその場で預かり、蓮の元へ向かった。

「ちょっと蓮くん! 私じゃ追い返されちゃうから!」
「ええー? りっくん、かなちゃんならいいよって言いそうだけど?」
「…………それはそれでいやだもん」

 つい口にしてしまった言葉は、かなでの本心から生まれたものだった。
 女子に採寸されるのは恥ずかしいのに、かなでならいいと言われてしまったら、陸の中でかなでが女子として区分されていないことになってしまう。
 この恋を叶えたいなんて少しも思っていないはずなのに、陸に全く意識されていないのは、なんだか寂しい。そう思ってしまったのだ。

「かなちゃんってもしかして…………」

 蓮が言いかけた言葉を遮り、かなでは明るい声で「早く陸くんのところに行ってあげて!」と背中を押した。