かなでは自分の気持ちが恋だと気づいた後も、隠し続けた。
陸と仲良くなってから二ヶ月ほど経った頃だろうか。かなでは初めて、陸の好きな人について質問してみた。
「ねぇ、陸くん。前に好きな人がいるって言ってたでしょ? どんな人なの?」
かなでの唐突な質問に、陸は目をまたたかせた。それから珍しく照れたような表情を見せた。
「言うの恥ずかしいんだけど。言わなきゃダメ?」
照れた顔もかわいい。
陸の頭に思い浮かんでいるのは、陸の大好きな人なのだろう。
かなでが恋を叶えようとすれば、一番の障害になるはずの人。でも、かなではこの恋を叶えたいとは思っていない。
だから陸の好きな人の話も、純粋な興味として聞きたいと思った。
「聞きたい! 教えて!」
身を乗り出したかなでに、陸は眉を下げて笑った。
「うーん。いつもまっすぐで、何に対しても一生懸命。負けず嫌いで、ちょっと気が強い」
「うんうん」
「それから…………かわいいよ」
その言葉を口にしたときの陸の表情は、一度も見たことのない甘やかなものだった。
ずきん、と胸の奥に痛みが走る。
この恋を叶えるつもりはない。
そう思っていたけれど、前提が間違っていたとかなでは思い知る。
叶えようと思っても、決して叶うことのない恋なのだ。
それでも好きな人を思い浮かべて微笑む陸の表情が、どうしようもなく好きだと思う。
優しくて甘い、本当に幸せそうな顔だったから。
「私とその人、どっちがかわいい?」
「え? それは萌かな。成海には悪いけど」
「あはは! 陸くんが正直で安心した!」
ここでかなでの名前を挙げていたならば、きっと今までお守りにしてきた陸の言葉の信頼性が揺らいでしまっただろう。
でも陸は迷うことなく、好きな人の名前を口にした。
正直で、自分の気持ちにまっすぐで、優しい人。そんな陸だから、かなでは好きになったのだ。
「…………もう好きって伝えたの?」
「ん? まだ。もっと野球がうまくなったら言う予定」
「そっか、野球やってるんだっけ」
どうして告白をするのに野球の上手さが関わってくるのかは分からない。もしかしたら、陸なりの基準やプライドがあるのかもしれない。
「陸くんの恋、叶うといいなぁ」
かなでの口からこぼれた言葉は、紛れもない本心だった。
陸が好きな人と結ばれて、幸せになって。そして笑っていてくれたなら、かなではそれだけで幸せだから。
陸は恥ずかしそうに笑って、叶えられるように頑張るよ、と呟いた。