その日から、かなでの世界は少しずつ変わっていった。
別れ際にかけてくれた陸の言葉が、かなでのお守りになったのだ。
『何も信じられなくなったら、俺のところに来たらいいじゃん。俺は成海に嘘つかないよ』
とてもシンプルな言葉だった。
でも、それゆえに励まされた。
悪口が聞こえてきて不安になったら、陸の教室を訪ねた。
最初のうちは嫌な顔をされないかな、面倒じゃないかな、と心配していたが、陸はいつも優しくて、そして正直だった。
男の子に媚びてるって言われたの、とかなでが言うと、でも俺には媚びてこないじゃん、と言ってくれた。
上目遣いとか仕草があざといって言われた、と相談したときは、かわいいってことでしょ? 何が悪いの? と首を傾げられた。
そうして陸の意見を聞いて、心のお守りにすると、不思議と俯く時間が減っていった。
人の目がこわくて伸ばしていた前髪も、勇気を出して切ってみた。さすがにその日はこわくてたまらなくて、俯いてばかりだった。それでも、たまたますれ違った陸が、似合うじゃん、と笑ってくれただけで、また前を向くことができた。
陸が話を聞いてくれるようになって、一ヶ月も経つ頃には、かなでにも女の子の友達ができていた。
理科の実験で同じグループになった沙苗という子で、向こうから声をかけてくれたのだ。
少しずつ話すうちに、「成海さんのこと誤解してたみたい。今までごめんね」と謝ってくれた。
沙苗と仲良くなると、他のクラスメイトと関わることも増えていった。沙苗のように謝ってくれた子は少なかったが、かなではそれでもよかった。
悪口を言われずに、普通に学校生活を送れる。それだけで十分だったのだ。
友達ができて、笑い合っていても、ふとしたときにこわくなる。もしかしたら心の中ではかなでのことを嫌っているかもしれない。ブス。男好き。媚びてばっかりで気持ち悪い。そんな風に思われているかも。
そんな考えが頭から離れなくなると、必ず陸のことを思い出した。
陸の言葉はかなでのお守りで、陸の存在はかなでの精神安定剤だった。
「陸くん陸くん!」
「どうしたの、成海」
「ううん、用があったわけじゃないの。陸くんを見て元気を補充しようと思っただけ!」
「なにそれ。変なの」
陸がやわらかく笑う。
その表情が優しくて、すごく好きだなぁ、と思う。
陸に会うと元気が出る。頑張ろうと思える。それは本当のことだ。
きっとこれは恋なのだ、とかなでも気づいていた。
そして陸に好きな人がいるということは、最初から知っている。
叶わない恋、それでもよかった。
陸が好きな人と幸せになって、笑っていてくれたら。
かなでのことを友達としてそばに置いてくれていたならば。
それだけで、十分すぎるくらい幸せだった。
だってかなではもう、陸に救ってもらっている。
たくさんのお守りをもらっている。
笑いかけてもらうだけで、元気になれる。
好きだと言えば困らせてしまう。
優しい人だから、かなでを傷つけることに、陸自身も傷ついてしまうかもしれない。
そんなのは耐えられなかった。
だからかなでは、友達でいい。
友達のまま、陸の幸せを願い続ける。
友達として、陸に大好きだと伝え続ける。
もしも陸に元気や自信がなくなったときに、かなでの気持ちが少しでも糧になれるのならば、それでいいのだ。
「陸くんはね、私の推しなんだよ!」
だからかなでは嘘をつく。
大好きな人に、大好きと伝えるために。
大好きな人の、負担にならないために。
大好きな人を、困らせないために。
大好きな人が、今日も笑顔でいられるために。
「推しって、アイドルとかに使う言葉じゃない?」
「うーん。推しってその人の元気の源で、原動力で、笑顔にさせてくれる存在だと思うの。つまり、陸くんだ!」
「まあ成海が楽しいならそれでいいけど」
そう言って笑ってくれる陸に、かなでも笑い返した。
陸くん、大好き!
初めて口にしたその言葉は、心からの本音のはずなのに、とても歪だった。
『恋』ではなく、『推し』。
まとっているのは、薄皮一枚の嘘。
その嘘が、二人の関係を守ってくれていた。
別れ際にかけてくれた陸の言葉が、かなでのお守りになったのだ。
『何も信じられなくなったら、俺のところに来たらいいじゃん。俺は成海に嘘つかないよ』
とてもシンプルな言葉だった。
でも、それゆえに励まされた。
悪口が聞こえてきて不安になったら、陸の教室を訪ねた。
最初のうちは嫌な顔をされないかな、面倒じゃないかな、と心配していたが、陸はいつも優しくて、そして正直だった。
男の子に媚びてるって言われたの、とかなでが言うと、でも俺には媚びてこないじゃん、と言ってくれた。
上目遣いとか仕草があざといって言われた、と相談したときは、かわいいってことでしょ? 何が悪いの? と首を傾げられた。
そうして陸の意見を聞いて、心のお守りにすると、不思議と俯く時間が減っていった。
人の目がこわくて伸ばしていた前髪も、勇気を出して切ってみた。さすがにその日はこわくてたまらなくて、俯いてばかりだった。それでも、たまたますれ違った陸が、似合うじゃん、と笑ってくれただけで、また前を向くことができた。
陸が話を聞いてくれるようになって、一ヶ月も経つ頃には、かなでにも女の子の友達ができていた。
理科の実験で同じグループになった沙苗という子で、向こうから声をかけてくれたのだ。
少しずつ話すうちに、「成海さんのこと誤解してたみたい。今までごめんね」と謝ってくれた。
沙苗と仲良くなると、他のクラスメイトと関わることも増えていった。沙苗のように謝ってくれた子は少なかったが、かなではそれでもよかった。
悪口を言われずに、普通に学校生活を送れる。それだけで十分だったのだ。
友達ができて、笑い合っていても、ふとしたときにこわくなる。もしかしたら心の中ではかなでのことを嫌っているかもしれない。ブス。男好き。媚びてばっかりで気持ち悪い。そんな風に思われているかも。
そんな考えが頭から離れなくなると、必ず陸のことを思い出した。
陸の言葉はかなでのお守りで、陸の存在はかなでの精神安定剤だった。
「陸くん陸くん!」
「どうしたの、成海」
「ううん、用があったわけじゃないの。陸くんを見て元気を補充しようと思っただけ!」
「なにそれ。変なの」
陸がやわらかく笑う。
その表情が優しくて、すごく好きだなぁ、と思う。
陸に会うと元気が出る。頑張ろうと思える。それは本当のことだ。
きっとこれは恋なのだ、とかなでも気づいていた。
そして陸に好きな人がいるということは、最初から知っている。
叶わない恋、それでもよかった。
陸が好きな人と幸せになって、笑っていてくれたら。
かなでのことを友達としてそばに置いてくれていたならば。
それだけで、十分すぎるくらい幸せだった。
だってかなではもう、陸に救ってもらっている。
たくさんのお守りをもらっている。
笑いかけてもらうだけで、元気になれる。
好きだと言えば困らせてしまう。
優しい人だから、かなでを傷つけることに、陸自身も傷ついてしまうかもしれない。
そんなのは耐えられなかった。
だからかなでは、友達でいい。
友達のまま、陸の幸せを願い続ける。
友達として、陸に大好きだと伝え続ける。
もしも陸に元気や自信がなくなったときに、かなでの気持ちが少しでも糧になれるのならば、それでいいのだ。
「陸くんはね、私の推しなんだよ!」
だからかなでは嘘をつく。
大好きな人に、大好きと伝えるために。
大好きな人の、負担にならないために。
大好きな人を、困らせないために。
大好きな人が、今日も笑顔でいられるために。
「推しって、アイドルとかに使う言葉じゃない?」
「うーん。推しってその人の元気の源で、原動力で、笑顔にさせてくれる存在だと思うの。つまり、陸くんだ!」
「まあ成海が楽しいならそれでいいけど」
そう言って笑ってくれる陸に、かなでも笑い返した。
陸くん、大好き!
初めて口にしたその言葉は、心からの本音のはずなのに、とても歪だった。
『恋』ではなく、『推し』。
まとっているのは、薄皮一枚の嘘。
その嘘が、二人の関係を守ってくれていた。