昔から、桜はくすんだ白色をしている。
 まわりの子がキレイな薄紅色を塗る横で、わたしだけが灰色のクレヨンを握っていた。先生がやんわり指摘するけど、桜はこの色だと言い張って聞かなかったらしい。

「人は人、彩芽(あやめ)は彩芽。みんな違っていいのにね」と、お母さんが笑っていた記憶がある。

 まだ、わたしの病に気づく前のこと。


 ーー灰桜(はいざくら)症候群。桜色が灰色に見える極めて珍しい色覚異常の病気だ。
 小学一年の秋、正式に診断名を告げられた。あの日の絶望を見たようなお母さんの顔が、今でも脳裏に焼き付いている。

 あれから七年。中学二年になった今でも、わたしは桜の色を知らない。

 学校帰りに、いつも寄る場所がある。人のいない公園を抜けると、河原へ続く堤防が見えてきた。誰かが木で作った雨除け屋根の下へ潜り込んで、腰を下ろす。
 ここは、小学生のときから誰にも邪魔されない、わたしの秘密基地。

 リュックからノートを取り出して、パラパラとページをめくった。小さい頃から絵を描くことが好きで、よくここで描いている。
 でも、わたしの作品はモノクロばかり。桜色以外は普通に見えているはずなのに、この世界はどこか寂しげだ。
 まるで、青と灰色のフィルターでもかかっているみたい。最近は、特にその感覚が強まっている。


「あれ、人がいる」

 急に声がして、驚いて振り向いた。
 細い木の柱から、ひょこりと顔がのぞく。鬱陶しそうな長めの黒髪から、ちらりと目が垣間見えた。

「……えっ、灰木(はいのき)くん? なんで、ここに」

 持っていたノートを慌てて隠す。
 見られた……かな。絵が好きなこと、学校の誰にも話していないのに。