「主様へ贈り物がしたい?」

 藤堂家を出て半年が過ぎた冬のある日、朝食を終え、一緒に片付けをしていたテマリに問う。
 今日も柊羽は朝から仕事のようで、椿とテマリとは別に朝食をとってそそくさと出かけてしまった。会合終わりにきんつばをお土産で買ってきてくれたあの日から、しばらく柊羽の顔を見ていない。もちろん、それ以上の発展はない。
 百合子だと偽って嫁いだものの、紫月家を探っても何も出てこないうえ、この場所の居心地の良さに浸ってしまったこともあって、椿は実家へ文を出すことは結局一度もなかった。
 叶うのなら、このまま一緒に暮らせたら――そんな淡い期待を抱いてしまうほど、椿にとって紫月家は気付けば大切なものになっていった。
 柊羽との関係値は一歩も動いてはいないが、あれから外に出た日は必ず茶菓子を買って帰ってくるようになった。団子、練りきり、かりんとう饅頭。どれも椿が好きな物ばかりを買ってきては、テマリを経由して渡してくる。一緒に食べることはしない。
 そんな柊羽に何かお返しができないか、ずっと考えていた椿がようやく思いついたのは、日常でも使えるものを贈ることだった。幼い頃から手先だけは器用な椿にできることはそれしかない。すでに作りたいものも決まっていて、その材料を集めるだけなのだが、必要なものを買いに行くには、外に出るしかない。
 しかし、紫月家に来てからも掃除のために庭先くらいしか出ておらず、買い物はほぼ初めてでとても心細かった。そこで、テマリに同行してもらおうと言い出した次第だ。
 事情を聞いたテマリは納得し、「わかりました」と快く了承してくれた。

「それでは、これを片付けて準備したら行きましょう」
「あ、ありがとうございます! ……あ、でも旦那様に何も言わずに出かけるのは不味いでしょうか……?」
「いいえ、この家に奥様が来たときから主様には奥様の要望には応えるよう、仰せつかっております。『無理に外に連れ出す必要はないが、申し出た場合は付き添え』と金銭も預かっております」
「お、お金は私が働いて必ずお返ししますので!」
「それはダメですって! 私が叱られてしまいます。ああ見えて主様、結構心配性なんですよ?」
(ああ見えて、と言われても……)

 ろくに顔も見ておらず、会話もせず。異名にある冷酷さからして、テマリの言う柊羽の人物像はかけ離れている。

「でも半年たってようやくお出かけできるの、私はとても嬉しいです。旦那様でなくて申し訳ないですが……羨ましがられるくらいデートしましょう!」

 満面の笑みを浮かべるテマリを見て、椿は少しだけ申し訳ない気持ちになった。出会った当初は疑いの目を向けられていたのに、今はすっかり仲の良い友人のような存在だ。
 片付けを終え、椿は余所行きの着物に着替えた。実家で着ていた薄く地味な着物ではなく、柊羽から贈られた質の良い生地で丁寧に織られた薄紅色の着物だ。これも問答無用に渡されたようなものだが、細かい刺繍が施されたそれを、椿は一目見て気に入った。

(でもお姉様が社交の場に行くときは、百合や蘭の模様が大きく入った派手な柄が多かったのに、どうしてこの着物をくださったのかしら?)

 百合子が着ていた着物に比べると、一見地味にみられてしまう。どうして柊羽はあえてこちらの控えめな柄の着物を選んだのか。また謎が深まってしまったと、小さく溜息をつきながら椿は準備を終え、玄関で待っているテマリと合流する。
 水色の着物姿のテマリは、狐の耳や尻尾を隠した、いかにも侍女といった風貌だった。人間とあやかしが共存している世の中とはいえ、これから向かう店は人間の出入りが多い。驚かせないために変化したのだろうが、ふと彼女の顔を見て椿は眉をひそめた。

「奥様? どうかされましたか?」
「……い、いえ! なんでもありません。それでは行きましょうか」
(耳がないからかしら。テマリちゃんの顔つきが誰かに似ているような……)

 実家にいた誰かだろうか。思い出そうとしたが、目的地に着くとすぐに頭から抜けてしまた。
 声を上げて商売をする者、吟味しながら選ぶ者。多くの人が行き交い、活気あふれる光景に思わず椿の頬が緩み、街の賑やかな様子に椿は心を奪われていった。一切実家の敷地から出るなと言われてきた椿にとって、外界の様子は見るものすべてが新鮮で美しいものだった。
 隣を歩くテマリもどこか浮足立っているようで、新しくできた茶屋を見つけるとこそっと椿に持ちかける。

「奥様、お目当てのものが見つかりましたらあの茶屋でお菓子を食べませんか?」
「い、いいのですか?」
「もちろんです! 実はあの店には――」

「――椿?」