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しばらくすると、章太郎は竜堂家の従者に連れられて民家を出て行った。
「ずいぶんと驚かしてしまいましたね。大丈夫ですか」
章太郎が出て行ったあと、白布で左目を覆い直した御蔭の雰囲気や言葉遣いは、いつも通りの穏やかなものになった。
驚きを隠せない葵の前に膝をつくと、御蔭が着崩れた着物の胸元を少し直してくれる。
「どういうこと……? 御蔭が一つ目の龍神様って……」
葵が着物を直す御蔭の手にそっと手をのせると、彼が困ったように眉をさげた。
「すみません。このまま何も言わずに葵とは別れるつもりだったのですが……。私自ら、葵が外の世界に戻る機会を奪ってしまった」
御蔭に謝られて、葵は首を横に振る。
「違う。わたしはそんな話が聞きたいわけじゃないの。御蔭は……」
葵が知りたいのは、御蔭がほんとうは誰だったのか。そして自分が、ほんとうは誰の花嫁だったのかということだ。
「先ほど名乗ったとおりですよ。私の名は、天之御影神。この神社で祀られている一つ目の龍神とは、私のことです」
「では、わたしはあなたの……」
「形式上の花嫁ですね」
御蔭が澄んだ空色の右目をわずかに細める。
「竜堂家が龍の眷属となり、家や土地の繁栄の見返りに私に花嫁を捧げるようになったのは、もう何千年と前のこと。今まで何人もの花嫁が三つから十六までの年を私の土地で過ごし、やがて人の世へと帰っていきました。けれど、どの花嫁も私の存在に気付くことはなかった。誰も私の姿を見ることができなかったのです。私の存在を認め、話すことができた花嫁は葵が初めてでした。だから、葵は私にとって今までで一番特別な花嫁でした」
御蔭がそう言って、葵をまっすぐに見つめてくる。
特別な花嫁――。
初めて出会ったときから、不思議な雰囲気のある人だと思っていた。話していても、どことなくつかめないところが多く、池の鯉にしか関心がないと思っていた御蔭が、自分を特別に思ってくれていたなんて。
御蔭の言葉に、葵は歓喜して飛び上がりたいほどだった。