「それ以上私の妻への侮辱発言を続けるなら、たとえ龍の眷属といえども許さぬが」
低い声で厳かに、章太郎に向かって言葉を発するのは、白銀の髪に、左側の目を白布で覆い隠した着流しの男。
池の太鼓橋の上で、葵の前から姿を晦ました御蔭だった。
部屋の前に凛と背を伸ばして立った御蔭が、章太郎を真っ直ぐに見つめる。御蔭の右の瞳は、鋭く威圧的な光を放っていて、穏やかでゆったりとした口調で話す普段の御蔭とはまるで別人のように見えた。
(どうして、ここに御蔭が……)
驚いて目を瞠る葵のそばで、章太郎が苛立ったように舌打ちをする。
「ふざけるな。この女は俺の妻だ。おまえのような、汚い男にやるものか。ほら、来い」
章太郎が葵を乱暴に引きずっていこうとする。
「……痛い」
「汚いのはどちらだ」
葵が小さく悲鳴をあげると、御蔭が低くつぶやいて、左目を覆う白布を解く。
初めて見る、御蔭の左目。その閉じた瞼には、縦長の大きな傷があった。
白布の下に現れた傷に葵がつい見入っていると、ふいに御蔭が、その目を思いきりよくガッと開眼した。真っ赤な色をした御蔭の左目に睨まれた瞬間、章太郎の上に稲妻が落ちる。
「うわあっ……」
閃光に包まれ悲鳴をあげた章太郎は、葵から手を離してうつ伏せに倒れた。
「我が名は天之御影神。この神社に祀られているひとつ目の龍だ」
びくりとも動かなくなってしまった章太郎に歩み寄ると、御蔭が赤い左目で彼を見下ろしながら自ら名乗る。
(天之御影神――? 御蔭が?)
「私は葵と離縁はしない。私の花嫁を傷付けようとした竜堂家は龍神の眷属をはずれ、今後一切我が敷地内に入ることは許さん」
腰を抜かして茫然とする葵の前で、御蔭が倒れている章太郎に命じる。それから襖の外に控えていたシノのことを、赤い左目でじろりと睨んだ。
御蔭の赤い瞳に凄まれて、シノがびくりと震える。
「聞こえていたな。すぐに外の従者を呼んで、この男を美雲神社の敷地からつまみ出せ」
「はっ……、は、はいっ! 承知いたしました……!」
シノは、気を失って倒れている章太郎を部屋の外へと引きずって行くと、震えながら民家を飛び出した。