葵が民家の部屋でじっとしていると、美雲神社に苦情を言いにくる人々の対応に困って、神主がやってきた。
「花嫁様のお力でなんとかしていただけませんか」
 民家の玄関先で、神主に話す声が聞こえる。
「どうか、少しでいいので花嫁様に出てきていただきたい」
 今までずっと閉じ込めていたくせに。こんなときばかり「出てこい」などと勝手な話だ。
「葵様はお会いになりません」
 マキノが玄関のところで食い止めてくれているが、それもどれくらい保つのかわからない。神主が民家の奥へと乗り込んでくれば、面倒なことになるだろう。
 葵は先代の龍神様の花嫁だった母の娘だったからここにいるだけ。ただの十六歳の娘でしかない葵に、雨を止めることなどできない。それがわかれば、人々の怒りは増すかもしれない。

 葵は縁側に立てかけてあった蛇の目傘を手にとると、マキノや神主たちに気付かれないようにこっそりと外に出た。
 しとしとと降り続く十日目の雨。雲に覆われた鈍色の空は、まだしばらく晴れそうもない。
 縁側から外に出た葵は、誰にも見つからないように庭の池へと向かった。
 十日降り続いた雨のせいで、庭の地面はかなりぬかるみ、足場が悪くなっている。道には大きな水溜りができ、雨によって溢れた水が、細い川のようになって道の脇を流れていく。
 晴れていれば五分も絶たずと辿り着くことができる池への道のりも、雨のおかげで困難だった。
 着物の裾を濡らしながら、葵がようやく池のそばに辿り着くと、太鼓橋の真ん中で御蔭が傘も持たずに天を見上げていた。
 雨に打たれることなど気に留めず、どこか虚ろな目で鈍色の空を見つめる御蔭。濡れて顔に張り付いた彼の白銀の髪は、陽の光もないのにまばゆく輝いて見える。御蔭の横顔は、見惚れてしまうほどに美しかった。