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陽翔母の運転する車で、四人はひとまず病院まで向かうことになった。病室は一人部屋で、当の少年は大人用の広々としたベッドにちょこんと横たわっている。小さな体に栄養補給などの管がいくつも通されている様は痛々しい。
「二週間前から、ずっとこの状態です。声をかけると、たまに眉のあたりが動いたりするんで、耳は聞こえてるようにも見えるんですけど」
母親は試しに「陽翔」と呼びかけてみる。すると少年はわずかに眉根を寄せ、むにゃむにゃと口を動かしたかと思うと、また安らかな眠りにつく。まるで昼寝でもしているだけのようで、今にも起き出してきそうな雰囲気がある。
「陽翔くん」
と、今度は兼嗣が呼びかける。しかし結果は同じで、寝苦しそうに顔を顰めるだけだった。
そうこうしているうちに、陽翔母のスマホが鞄の中で震えた。彼女は「すみません。主人からです」と断りを入れてから、娘を連れて一度退室する。
部屋に残された天満と兼嗣は、それまで顔に貼り付けていた余所行きの表情を一気に崩した。
「これはやっぱりアレやな。二十年前の右京さんの時と同じや」
「『黄泉の国めぐり』ってやつか」
天満が言って、兼嗣は頷く。
「永久家の血縁者の、特に小さい子どもにたまにあるらしいわ。本人が何らかの理由で現実逃避をしようとして、意識だけが『黄泉の国』に迷い込んで、そのまま帰って来られんくなる」
黄泉の国というのは、いわゆる『あの世』のことである。何かを発端にして現実から逃れようとしたところに、呪いの力が働いて、意識だけがあの世へと迷い込んでしまうのだ。
天満は安らかに眠る少年の顔をちらりと見下ろす。
「学校で何か嫌なことでもあったのかもしれないねえ。でも、それを親に相談することはできなかった。可愛い妹の前で、かっこつけようとでもしたのかね」
「こりゃあ学校の子どもたちにも聞き込みをせなあかんかもな。クラスメイトなら何か知っとるかもしれん」
兼嗣も同じように少年を見下ろす。あの世へと迷い込んだ彼の意識を取り戻すには、元凶となった何かを特定する必要があるのだ。
「でもさあ。一体どうやって聞き込みするんだ? 小学校の周りで張り込んだら確実に不審者扱いだし、登下校中の児童に話しかけたらそれこそ通報案件だろ」
このご時世、見知らぬ子どもに声を掛けるのは難しい。さてどうしたものかと唸る二人の背後から、ガラガラと扉の開く音がした。母親と娘が戻ってきたのかと思ったが、そこに現れたのは小さな二人の少女だった。
「あ……。こ、こんにちは」
こちらの顔を見るなり緊張した様子で、ぎこちなく挨拶する少女たち。背格好からして、おそらくは陽翔少年と同じくらいの年だろう。
「もしかして、陽翔くんのお友達?」
兼嗣の問いに、小さな頭がこくりと頷く。天満と兼嗣は互いの顔を見合わせ、その日初めて嬉しそうな笑みを向け合った。