何日か経ち、学校帰りに公園へ立ち寄った。遊具で遊ぶ子どもたちと、ちょうどすれ違う。小学生の時間が終わる頃、私の時間が始まる。
まばらな足音が遠退いていき、辺りの音はなくなった。海賊船の手前で、なんとなく足を止めていたら、風に乗って新しい音が聞こえてくる。
歌声だ。口ずさむようなメロディは、なめらかで優しくて、儚げなのにどこか力強い。胸がギュッと締め付けられて、心の奥に染み込んでくる。
思わず聞き入ってしまった。気づけば歌は止まっていて、海賊船の中からぴょこんと飛び出てきたウミちゃんこと宮凪海くんが私の前へ立つ。
「なんだ、蛍いたんだ。声かけてよ」
「……ごめん、なさい」
手紙交換をしていたと言っても、すぐに慣れるわけじゃない。こうして何度か会っているけど、紙を通さず直接話すのはまだ緊張する。
目を合わせられず、うつむき加減になると、少しばかり探るような声色で。
「もしかして、聞こえてた? 歌」
確信は持っていないけど、もしかしたらと言いたげだ。
知らないふりもできたけど、私はこくんとうなずく。今でも胸の中が余韻であふれていて、なかったことにしたくなかった。
「洋楽……歌えるなんてすごいね」
「ただの耳コピだよ。間違えまくってると思う」
ハハッと軽く笑う宮凪くんは、思いのほか楽しそう。歌声を聴かれたくないのは、私だけなのかもしれない。
「上手く言えないけど、すごかった……!」
「いい歌だろ? 俺、この歌好きなんだ」
「心に、響いて、切なくなる歌」
ハッとして顔を上げると、不思議そうだった宮凪くんが「だろ?」と白い歯を見せた。なにか変なことでも言ったかと思ってドキッとしたから、ホッと胸を撫で下ろす。
この人は、まるで私と正反対の人だ。自分の好きなものや思いを、まっすぐに伝えられる。恥ずかしいと隠す私とは、違う。
「あ、そうだ。これ、貼ろうとしてたやつ」
渡されたのは、小さく千切られたルーズリーフ。そこには、『好き』と書かれている。
「え、え? あの、なにがですか?」
頭の中が真っ白になって、まとまりのない言葉を口走る。何日か前に送り出した自分のメッセージを、一生懸命思い出そうとするけど、思考が回らない。
「歌、好きかって質問あったから。あれ、違った?」
ポケットからもう一枚の紙を取り出して、宮凪くんが確認する。
そうだった。ちょうど合唱の練習をしたあとで、憂鬱な気分で訪ねたもの。
しかも、返事を受け取った白紙にはまだ続きがあった。
『ジャンルはいろいろ聴くよ。ホタルは?』
指で見えなかっただけ。早とちりで恥をかかなくてよかった。
「私は……人並み程度かな」
言いながら、だんだんと視線が下がっていく。
「メメント・モリって知ってる? 最近、映画の主題歌になってすっげぇ話題になってる曲」
「う、うん」
「あの曲よくない? 俺、結構好きなんだよなぁ」
「そう……だね」
ヘラッと笑って、黙り込む。宣伝でなんとなく耳にしたことがあるくらいで、よく知らない。
宮凪くんに、初めて嘘をついた。
音楽はほとんど聴かない。自分の声が嫌いで、歌うことも得意じゃない。正直に言えばよかったのに、できなかった。
期待するようなキラキラした眼差しの前で、私は自分を見繕って、嫌われない言葉を探したんだ。
まばらな足音が遠退いていき、辺りの音はなくなった。海賊船の手前で、なんとなく足を止めていたら、風に乗って新しい音が聞こえてくる。
歌声だ。口ずさむようなメロディは、なめらかで優しくて、儚げなのにどこか力強い。胸がギュッと締め付けられて、心の奥に染み込んでくる。
思わず聞き入ってしまった。気づけば歌は止まっていて、海賊船の中からぴょこんと飛び出てきたウミちゃんこと宮凪海くんが私の前へ立つ。
「なんだ、蛍いたんだ。声かけてよ」
「……ごめん、なさい」
手紙交換をしていたと言っても、すぐに慣れるわけじゃない。こうして何度か会っているけど、紙を通さず直接話すのはまだ緊張する。
目を合わせられず、うつむき加減になると、少しばかり探るような声色で。
「もしかして、聞こえてた? 歌」
確信は持っていないけど、もしかしたらと言いたげだ。
知らないふりもできたけど、私はこくんとうなずく。今でも胸の中が余韻であふれていて、なかったことにしたくなかった。
「洋楽……歌えるなんてすごいね」
「ただの耳コピだよ。間違えまくってると思う」
ハハッと軽く笑う宮凪くんは、思いのほか楽しそう。歌声を聴かれたくないのは、私だけなのかもしれない。
「上手く言えないけど、すごかった……!」
「いい歌だろ? 俺、この歌好きなんだ」
「心に、響いて、切なくなる歌」
ハッとして顔を上げると、不思議そうだった宮凪くんが「だろ?」と白い歯を見せた。なにか変なことでも言ったかと思ってドキッとしたから、ホッと胸を撫で下ろす。
この人は、まるで私と正反対の人だ。自分の好きなものや思いを、まっすぐに伝えられる。恥ずかしいと隠す私とは、違う。
「あ、そうだ。これ、貼ろうとしてたやつ」
渡されたのは、小さく千切られたルーズリーフ。そこには、『好き』と書かれている。
「え、え? あの、なにがですか?」
頭の中が真っ白になって、まとまりのない言葉を口走る。何日か前に送り出した自分のメッセージを、一生懸命思い出そうとするけど、思考が回らない。
「歌、好きかって質問あったから。あれ、違った?」
ポケットからもう一枚の紙を取り出して、宮凪くんが確認する。
そうだった。ちょうど合唱の練習をしたあとで、憂鬱な気分で訪ねたもの。
しかも、返事を受け取った白紙にはまだ続きがあった。
『ジャンルはいろいろ聴くよ。ホタルは?』
指で見えなかっただけ。早とちりで恥をかかなくてよかった。
「私は……人並み程度かな」
言いながら、だんだんと視線が下がっていく。
「メメント・モリって知ってる? 最近、映画の主題歌になってすっげぇ話題になってる曲」
「う、うん」
「あの曲よくない? 俺、結構好きなんだよなぁ」
「そう……だね」
ヘラッと笑って、黙り込む。宣伝でなんとなく耳にしたことがあるくらいで、よく知らない。
宮凪くんに、初めて嘘をついた。
音楽はほとんど聴かない。自分の声が嫌いで、歌うことも得意じゃない。正直に言えばよかったのに、できなかった。
期待するようなキラキラした眼差しの前で、私は自分を見繕って、嫌われない言葉を探したんだ。