何日かぶりに机へ向かって、手紙を書いた。伝えきれなかったこと、話しておきたかったこと。文字にすると不思議と心が落ち着いて、少しだけ体が軽くなる。
 詩は書いていない。今は、宮凪くんとの日々を思い出すのがつらくて、ノートは引き出しの奥へ封印した。

 足が進まなかった学校へも、徐々に通えるようになった。難しくなる授業をあまり休んでいてはいけないと、気を引き締めることにして。


「さあ、練習もラストスパート! みんな、今までの成果を存分に出し切ってちょうだい!」

 三浦先生の熱い指導に、みんな引き気味だ。合唱コンクールまであと一週間だから、気合いが入っているのだろう。
 クラスのまとまりも出来ていて、ハモリも上手く聞こえる。朝と放課後の練習もあってか、とても上達した。

 私は、相変わらずか細い声で歌っている。と言うより、以前より声が出なくなっていた。心持ちの問題かはわからないが、すべてにおいて、気力をなくしてしまったみたい。
 宮凪くんがいなくなってから、空気の抜けた風船のようにしぼんでいる。膨らませても、膨らませても、心の中は空っぽだ。


 朝方はほどよい気温となってきた、九月の終わり。布団の中にくるまって朝を迎えた。

「ほたる〜、起きなくていいの? 遅刻するよ〜?」

 階段を上がってくる音がして、ギュッと目をつむる。

「今日、合唱コンクールでしょう? どうしたの? 具合でも悪いの?」

 部屋へ入ってくるなり、お母さんは急かすような口調で、私の横へ腰を下ろした。せっかく登校できるようになったと思ったのに、またこの様子では無理もない。

「……お腹……痛い」

 締め付けられるような腹部を押さえて、小さな声を出す。
 嘘じゃない。本当に痛くて、つらいの。

「お友達のこと……お母さんも残念だと思うし、ショックなのもよく分かる。でも、いつまでも、そうやって塞ぎ込んでるわけにはいかないでしょ」

 布団ごしに伝わる手が、背中をゆっくりさすってくれる。
 お母さんの言いたいことは、理解しているつもりだ。頭ではわかっていても、心がついていかない。数秒前まで大丈夫だったことが、次の瞬間には無理になることもある。

「夜、いつも一人で練習してたじゃない。変えたいって、変わりたいって思って頑張ってたんじゃないの? 本当に、お休みでいいのね?」


 夏休みの間、毎晩、部屋で隠れて歌っていた。宮凪くんも病気と闘っている。私も、自分の過去と向き合って、いつか胸を張って歩けるようになりたい。

 ──勇気出して、頑張った奴だけが言えることだけどな。まだ頑張れてねぇじゃん。蛍も、俺も。

 この言葉があったおかげで、ミニコンサートを成功できた。今度は、人前で声を出すことを克服したい。
 宮凪くんにも、聞いてほしい。合唱コンクールへ一緒に出て、「やったな、蛍」「俺ら、頑張ったよな」と笑い合いたい。

 その想いは、八月の終わりから一気に消滅してしまった。希望の光が見えなくなって、私は真っ暗闇の中に取り残されている。


 はっきり返事をしないうちに、お母さんは一階へ降りて行った。