薄暗い夕暮れどき、私は祖父に連れられて散歩をしていた。お母さんが疲れているから、少し外へ行こうと誘われたのだ。
白い砂の上を歩いていくと、人がいた。川の浅瀬で、誰かが遊んでいる。初めは、そう思った。
でも、男の子と母親は、普段着のままどんどん深瀬へと進んでいく。子どもながらに、身震いがした。溺れてしまうのではないかと、お祖父ちゃんの手をギュッと掴んだとき。
『この辺りで、おいしいご飯屋さんは知らんかね?』
腰あたりまで水に浸かる二人に、お祖父ちゃんが声をかけた。
『……あ、はい? 私、ですか?』
振り向きざま、あきらかに不機嫌そうな表情の女の人。戸惑っているようにも感じた。
『そう、アンタだよ。散歩していたら、腹が空いてしまってね』
『……すみませんが、わかりません』
軽く頭を下げて、その人は背を向ける。この状況で話しかけられたことが、この時の私には不思議でならなかった。様子が普通でないことは、察知できたから。
『ぼく、知ってるよ!』
母親と手を繋いでいた男の子が、パッとこちらを向く。その拍子に手を離して、バランスを崩しそうになった。
『そうか! じゃあ、こっちへ来て、教えてくれないかな。お母さんの手を繋いだまま、ゆっくり、ゆっくりな』
『ちょっと、海……!』
戻ろうとする男の子を、一度は引くけれど。
『お母さんの唐揚げ! それとミートパスタもおいしいよ!』
その答えを聞いたとたん、母親の瞳は涙で溢れ、力ない足取りでこちらへ歩いてきた。
助かったのだと、私はホッと胸を撫で下ろした。
びしょ濡れの二人が川から上がってきたとき、見たことのない光景に目を丸くする。男の子の手足が、キラキラと青く輝いていたの。
無数の宝石がこぼれたかように美しく、思わず息を呑んだ。
『おかしいでしょう? 怖いでしょ。おばさんたちはね、この光のせいで、夜も眠れないの。神様に嫌われているの』
青い光に触れながら、母親はまたまぶたを濡らす。私には、理解ができなかった。
『こんなにキレイなのに。どうして嫌われてるの?』
『これ、病気なんだよ。体が光るのは普通じゃない。幼稚園のみんなも言ってる』
水をすくう男の子の手が、星屑を散りばめたように光を放っている。
『いいか、蛍。大きくなって、もし仲間と逸れた海ホタルを見つけたら、手を差し伸べてやれ。こうして優しく救うんだ』
その手を覆うように、祖父が私の手を重ねた。まるで蛍を持っているみたいに見える。
『すごーい! キラキラ』
『ぼく、すごいの?』
『うん、特殊能力みたいだね』
『これでもう大丈夫。君と蛍は、もう立派な友達だ』
『お母さん! ほら、言った通り! ぼくにも友達できた!』
隣にいる母親は、声を震わせて泣いている。何度も、謝罪の言葉を口にしながら。
──思い出した。
あれは海ホタルではなく、人の光。宮凪くんの蛍だったんだ。
白い砂の上を歩いていくと、人がいた。川の浅瀬で、誰かが遊んでいる。初めは、そう思った。
でも、男の子と母親は、普段着のままどんどん深瀬へと進んでいく。子どもながらに、身震いがした。溺れてしまうのではないかと、お祖父ちゃんの手をギュッと掴んだとき。
『この辺りで、おいしいご飯屋さんは知らんかね?』
腰あたりまで水に浸かる二人に、お祖父ちゃんが声をかけた。
『……あ、はい? 私、ですか?』
振り向きざま、あきらかに不機嫌そうな表情の女の人。戸惑っているようにも感じた。
『そう、アンタだよ。散歩していたら、腹が空いてしまってね』
『……すみませんが、わかりません』
軽く頭を下げて、その人は背を向ける。この状況で話しかけられたことが、この時の私には不思議でならなかった。様子が普通でないことは、察知できたから。
『ぼく、知ってるよ!』
母親と手を繋いでいた男の子が、パッとこちらを向く。その拍子に手を離して、バランスを崩しそうになった。
『そうか! じゃあ、こっちへ来て、教えてくれないかな。お母さんの手を繋いだまま、ゆっくり、ゆっくりな』
『ちょっと、海……!』
戻ろうとする男の子を、一度は引くけれど。
『お母さんの唐揚げ! それとミートパスタもおいしいよ!』
その答えを聞いたとたん、母親の瞳は涙で溢れ、力ない足取りでこちらへ歩いてきた。
助かったのだと、私はホッと胸を撫で下ろした。
びしょ濡れの二人が川から上がってきたとき、見たことのない光景に目を丸くする。男の子の手足が、キラキラと青く輝いていたの。
無数の宝石がこぼれたかように美しく、思わず息を呑んだ。
『おかしいでしょう? 怖いでしょ。おばさんたちはね、この光のせいで、夜も眠れないの。神様に嫌われているの』
青い光に触れながら、母親はまたまぶたを濡らす。私には、理解ができなかった。
『こんなにキレイなのに。どうして嫌われてるの?』
『これ、病気なんだよ。体が光るのは普通じゃない。幼稚園のみんなも言ってる』
水をすくう男の子の手が、星屑を散りばめたように光を放っている。
『いいか、蛍。大きくなって、もし仲間と逸れた海ホタルを見つけたら、手を差し伸べてやれ。こうして優しく救うんだ』
その手を覆うように、祖父が私の手を重ねた。まるで蛍を持っているみたいに見える。
『すごーい! キラキラ』
『ぼく、すごいの?』
『うん、特殊能力みたいだね』
『これでもう大丈夫。君と蛍は、もう立派な友達だ』
『お母さん! ほら、言った通り! ぼくにも友達できた!』
隣にいる母親は、声を震わせて泣いている。何度も、謝罪の言葉を口にしながら。
──思い出した。
あれは海ホタルではなく、人の光。宮凪くんの蛍だったんだ。