カラカラと点滴スタンドを引きずりながら、隠れるようにエレベーターに乗った。足取りはしっかりしているけど、全体的に少し細くなった気がする。

「ほんとに大丈夫? 勝手に外出して、お医者さんに怒られない? それに、なにかあったら……」

《へーき! 病院内だから》

 スマホ画面を見せながら、宮凪くんが最上階のボタンを押す。どこへ行くつもりなんだろう。
 エレベーターを降りるとき、スタンドが段差につまづいて転びそうになった。とっさに腕を掴んだから、なんとか倒れずに済んだけど。

《ありがと。だっせぇなぁー》

 ハハッと苦笑いして、宮凪くんが一歩踏み出す。頑張って、無理をして笑っているように見えた。

「あ、あの、よかったら、手を……」

 差し出したはいいけど、指先から耳たぶまで真っ赤になって固まってしまう。おせっかいだったら、どうしよう。
 そっと手が触れて、指の隙間に絡まっていく。ギュッと繋がった手に、思わず悲鳴が上がりそうになった。

《今さらナシって言っても、遅いから》

 こんな状況なのに、ドキドキしてる私は不謹慎なのかな。ずっと、今が続けばいいのに……。

 連れて行かれた屋上は、もう薄暗くなっていた。青い星のように、宮凪くんの手、首や目の周りがキラキラと光っている。
 私に見せたいものがあるらしい。
 ベンチに座ると、さらりと涼しい風が吹いてきた。夏の空気に混じって、繋いだままの手のひらが熱い。

《ありがとう》

「え、なにが?」

《まだちゃんとお礼言ってなかったと思って ミニコンサートのこと》

「そんな、こちらこそ……」

 小さく首を振って、言いかけた言葉を飲み込む。歌の話を出したら、宮凪くんはきっと傷つく。


「素敵な時間を、ありがとう」

 空が暗闇になって、明かりのほとんどは宮凪くんの光になった。星屑みたいに輝いていて、キレイだ。

《あの瞬間 今までで一番嬉しかった》

《生きてきた中で 一番幸せだった》

 そんな……やめて。お別れみたいなこと、言わないで。涙がこらえられなくなる。
 宮凪くんの頬を、一筋の光が流れていく。
 平静を保っていた唇を、ギュッと噛みしめて。

《俺 あきらめねぇよ》

《コイツに嫌われてるとしても 逆に友達になってやるくらいの気持ちで いつか負かしてやる》

 白い肌に、青い光。白い河原と海ホタルが頭を過って、聞き覚えのあるセリフが入り込んでくる。


『蛍に嫌われてるとしても、いつか友達になってやる』


 幼い男の子が、母親らしき人といる。
 ここは、祖父との思い出の場所。あの日、海ホタルを見た河原だ。