お昼ご飯を食べに一度家へ帰って、夕方頃に病院へ戻った。どんな友達のお見舞いに来ているのか、今度紹介してほしいとお母さんに言われた。
 男の子だと知ったら、どんな顔をするだろう。宮凪くんのこと、応援してくれるかな。お父さんは、驚いて腰を抜かしてしまうかもしれない。

 病室へ行く途中で、空さんとすれ違った。声を掛けようとしたけど、空気が重くて、できなかった。
 顔を上げたときに私と気づいたのか、ニコリと優しく笑って、空さんの方から話しかけてくれた。

「蛍ちゃん、この間はありがとうね。ミニコンサート、感動だったよ」
「空さんが病院にお願いしてくれたおかげです。本当に、ありがとうございました」

「いいのよ」と返しながら、空さんは思い出すように遠い目をする。

「あんな幸せそうな海、久しぶりに見たよ。あの子、小さい頃から歌が好きだったから。いい思い出になったと思う」

 声が出なくなったのは、やはり蛍病が原因らしい。詳しくは教えてもらえなかったけど、なんらかのアレルギー反応が出たのだろうって。
 徐々に治っていくのか、このままなのか、医師(せんせい)も分からないようだ。

 深呼吸して、表情を作り直してから病室のドアを開けた。

『今聞いたこと、海には内緒にしてくれる? 必ずまた歌えるようになるって、言ってあるから』

 さっきの空さんの言葉が、胸の奥でぐるぐると回っている。どんな顔をして会ったらいいのか、わからない。

『……なんでだよ。なんで……俺なんだよ。ふざけんなよ。くそ、声……出ろよ。まだ……完成してない……だろ……』

 宮凪くんの声を最後に聞いたのは、一昨日。病室へ入ろうとしたとき、一人で泣いていた。
 弱々しくて、消えてしまいそうな宮凪くんを感じて、底知れぬ恐怖を覚えた。


《今まで姉貴いたんだけど 会った?》

 ううんと首を振って、ベッドに背を向ける。
 今、顔と文字を見たら、泣かない自信がない。もう一度、宮凪くんの声が聞きたいよ。
 うつむきかけた時、Tシャツの裾がクイッと引っ張られた。

《そっか 蛍と行きたいとこあるんだけど 今》

 穏やかな目に、心が押しつぶされそうになりながら。ノートの字を二度見する。

「え、今から? どこに?」


《ちょっと抜け出そう》