窓の外に止まっていた青い鳥が、バサバサと大きな音を立てながら飛び立っていく。カラスがやって来て、場所を奪ったみたい。
 なんだか胸騒ぎがして、珍しく私は面会時間の終わりまでいることにした。少しでも長く、宮凪くんのそばを離れたくなかった。

 空の明るさがなくなり始め、病室のカーテンを閉める。ベッドの上には、二人で聴いていたイヤホンや漫画と小説が無造作に置いてある。

「ずっといて、ごめんね。迷惑だったら、帰るから」
「なんで? どうせ母さんは今日仕事で来られねぇし、姉貴もギリギリの時間しか無理って言ってるから。蛍こそ遅いけど、大丈夫か?」
「迎えに来てくれるから、いいの。友達のお見舞いだから、特別だって」

 私が友達の話をするのがよっぽど嬉しかったらしく、いつもは時間に厳しいお母さんが許してくれたのだ。
 宮凪くんが夕食を食べる横で、私も売店で購入したパンを頬張る。一人部屋だから、少しくらい笑い声が大きくなっても、気にしないでいいからありがたい。

 十九時過ぎ。看護師さんが来ないのを確認して、宮凪くんが手招きする。少し緊張しながら、私はベッドをよじ登り、隣へ腰を下ろす。

 肩が触れ合うほどの近さにドキドキしていると、病室の電気が消えた。宮凪くんがシーッと人差し指を立てて、机の上にある二つの紙コップを手に取る。
 昼間作った、ミニチュアのアクアリウム。
 小さな声で「せーの」と合図して、中のライトを付けた。

 暗闇に青や赤の色が現れて、空中に海の生物たちが映し出される。まるでクラゲやタツノオトシゴが泳いでいるみたい。


「……キレイ──」

 ゆっくり紙コップを回すと、キラキラと海の中にいるようだ。

「すげぇ……。ナイトアクアリウムだ」

 こっそり隣を見たつもりが、宮凪くんと目が合った。ドキッとして、目が離せなくなる。

「蛍のおかげで、いい物見れた。ありがとう」

 目の下、鎖骨あたりも薄っすらと青い光が残っているのがわかる。それさえ美しく映って、今の宮凪くんは幻想的な存在に思えた。
 この世のものではないような、儚くて美しくて、掴まえていなければ消えてしまいそうだ。

「今度は、本物のナイトアクアリウム行こう」
「うん」

「今を頑張りたい」

 徐々に顔が近づいて、宮凪くんの髪が前髪に当たる。私は目を見開いたまま、動けず固まっていた。
 え、これって……?

 唇が触れそうになったとき、パッと病室が明るくなり、ドアの開く音がして。

「あら、ちょっとなにー? 電気消えちゃってたけど、大丈夫?」

 心配そうな声色で、看護師さんが入って来る。とっさに離れていた私たちは、間一髪で難を逃れた。
 とっさに降りたから、椅子に座り損ねて落ちそうになりながら、なんとか体勢を保っている。ベッドの枠で脛を打って、涙が出そうだ。

「それって、もしかして手作りプラネタリウム? やだ、ごめんね。邪魔しちゃったかしら?」

 手元の紙コップを見て、看護師さんが申し訳なさそうにする。

「あっ、もう終わったんで、大丈夫です」
「そう? じゃあ、何かあったら呼んでね」

 看護師さんの後ろ姿に頭を下げて、ドアが閉まる音を待つ。
 な、なに……、今は、なんだったの⁉︎
 心臓がうるさくて、落ち着かない。静かな宮凪くんに視線を送ると、顔を背けている。その耳たぶが赤くなっていることに気づき、私はまた頬を熱くして俯いた。
 さっきの光景が繰り返し脳内で再生されて、変に意識してしまう。

 しばらく経ち、空さんが病室へ入って来るまで、私たちは上手く話すことか出来きなかった。