「……俺、あんなひどいこと言ったのに。なんで、そこまで」
「奇跡を信じてみることにしたの」

 小さな袋を渡して、宮凪くんが不思議そうに中身を取り出す。たくさんのメッセージが詰まった寄せ書きに、言葉を失っていた。
 伊波くんと勝手に会ったことを謝ったら、首を振って、じっと文字を見つめていた。どこか懐かしそうに、唇をゆるめて。

 知ってほしかった。天王高のみんなも、他にだって、宮凪くんのために協力してくれる人がこんなにいるってこと。

「私ができたんだから、宮凪くんは、もっと奇跡を起こせる。ぜったい」
「そうだな。じゃあ、俺は蛍を越えるよ。かならず」

 なにかを決心したように、宮凪くんがグッとこぶしを握る。小さく開きかけた口が、一度閉じてから、ゆっくりと動く。


「……俺、もしかしたら、しゃべれなくなるかもしれない」


「──え?」

 病室の音が、一気にかき消された。さっきまで聞こえていた廊下の足音も、水道から水の滴り落ちる音も何も聞こえない。
 今、なんと言ったの?

「声が出なくなる症例も、数件だけどあるらしい。まあ、蛍病の情報自体が少な過ぎて、まだ全然わかんねぇけど」

 蛍病は解明されてないことが多い。予想外のことが起こってもおかしくはない。
 宮凪くんに告げられたのは、体調を崩して入院することとなった翌日。私が初めて訪れたときには、すでに宣告されていたのだ。
 体の震えが止まらない。椅子に座っている足が、カタカタとなり始める。

「……ごめん……なさい。私、なにも知らなくて。あんなに……歌わせちゃって」

 悪化させていたら、どうしよう。取り返しのつかないことをしていたら。
 そのとき、手がそっと包まれた。宮凪くんの大きな手のひらが、恐怖を抑えてくれている。

「なんで蛍が謝んだよ。俺が勝手に歌っただけだろ? それに最高だったよ。やっぱり、本物の楽器ってすげぇよな。歌いながら、鳥肌たった」

 宮凪くんが、いつも通りハハッと笑う。その元気そうな横顔に、少しだけ安心した。
 宮凪くんの手に、もう片方の手を重ねる。初めは驚いた様子だったけど、徐々に表情は穏やかになっていく。今度は、私がこの指の震えを止める番だね。

 しばらく、私たちはこの状態で話していた。小説や最近みたアニメのこと。アクアリウムやネコ太の話。たわいもない話ができることに、幸せを噛み締めて。

 窓の外で、雨が降り出していることに気づいたのは、もっと後だった。