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「さあ、みんな大きく口を開けて〜! 縦に開けるのよ! 強調するところ弱めるところ、メリハリをしっかり!」

 一年三組の教室に響き渡る歌声に、三浦(みうら)先生の弾む声が乗っかった。手拍子が相槌を打つように、リズムよく叩かれる。
 小さかった口をもう少しだけ広げて、私はスカートの裾をギュッと握った。この時間が一番の苦痛だ。早く終わってくれないかな。
 みんなの声に紛れながら、私は口を動かす。心の奥で、不安と罪悪感を抱きながら。


『なあ、ほたるさんの声って、なんか変わってるよな。てか変じゃね?』

 小学四年のとき、クラスの男子が言い出した。面と向かってではなく、後ろで集まっている人たちとの日常会話の一部として。
 それに反応して、『私も思ってた』と何人かの女子も話に入った。隠すわけでもなく、バカにして笑い合っているみんなから逃げるように、私は教室を後にした。

 あの時から、声に、全てに自信がなくなって、人と話すことが怖くなった。特に、男子と歌は苦手だ。喉が震えて、縮こまるほどに。

 最後のメロディを歌い終えて、ホッと胸を撫で下ろす。

「んーと、春原さん?」

 目の先に、三浦先生の足が映った。視線を上げると同じくらいで、少し突き出た唇が素早く動く。

「ちゃんと歌ってる? 腹の底から声を出す感じよ。こう、天井を突き破る感じで。見てる方にはわかるからね」

 チクリと釘を刺された。三浦先生にはお見通しだ。私が口パクで声を出していなかったこと。
 隣の子に白い目を向けられた。真面目にやってよ、と言いたげな視線とため息が、さらに私の罪を重くする。申し訳ないと仕方ないが交互にやって来て、息が苦しくなった。

「さあ、もう一度」と、仕切り直しの手が鳴る。
 三浦先生は、親切だけれどどこか苦手だ。いつもフルパワーでテンションが高いのと、音楽には目がないところ。
 今は来月五月末にある合唱コンクールのオーディションへ向けて、気持ちが高まっているから、なおさらだ。