「もう話すことないから、帰って」
「ごめん……なさ……」

 その場で動けないでいると、より強い口調で。

「いいから。早く、帰れよ」

 一度もこちらを見ないで、宮凪くんは吐き捨てた。思いのほかつまらなくて、録画したシーンを飛ばすみたいに。
 今まで過ごした日々が、夢物語のように思えて、胸が締め付けられる。ただの気まぐれ。暇つぶし。あの笑顔も、仮デートや頬のキス、曲を作ることも、全部偽物だった。

 宮凪くんの心に土足で踏み込んで、勝手に舞い上がっていただけ。気づかないところで、傷付けているとも知らず。
 なかったことにされるのは苦しいけど、迷惑をかけていたことに違いはない。

「これだけ、教えて……ください。そしたら、帰ります。もう、来ないから。もしかして、体調……よくないの?」

 小さく息を吐く音に続けて、わずらわしそうに。

「ただの検査入院。異常ない」

 それが答えだと分かった。じわじわとあふれ出す血液で、傷口はもう見えない。

「……それなら、よかった。いろいろ、ごめんなさい」

 無反応の背中に別れを告げて、私は病室を後にした。ベッドの傍に、餞別(せんべつ)と言わんばかりの紙袋を残して。
 病室にいた時間は五分もなくて、待っていた母が「もういいの?」と目を丸めた。それほど僅かな時間だったのかと後で知るくらい、私にはとても長く感じた。