家のソファーに転がりながら、クッションに顔を埋める。映画のワンシーンみたく、その日のことを思い出して足をジタバタとさせた。
 二人きりの秘密の作業。私の詩で、宮凪くんが曲を作っている。
 ニヤケが止まらない。おまけに、出すつもりのない変な笑い声まで漏れている。抑えようとしても、無理だ。

 あの瞬間の、あの横顔は、私だけしか知らない。
 一人でおかしな行動をしていたからか、不思議そうに首を傾げながら、お母さんが覗き込んできた。

「蛍ったら、またそれやってるの? よっぽど良いことでもあったのね」

 決めごとには厳しいけれど、お母さんは優しい。門限や身だしなみ、礼儀を守っていたら、眉が釣り上がることもない。
 それに、家出の一件から、頭ごなしに物事を言わなくなった気がする。お母さんなりに、考えてくれている。


「お友達でも、できたの?」

 静かな声色で、まっすぐ心に入ってくる。やっぱり、お母さんには敵わない。
 小さくうなずいた私を見て、お母さんの表情がホッと和らぐ。

「そう、安心した。小学生のとき、学校を一週間くらい休んだことがあったでしょう? いきなり、行きたくないって」

 小学四年生の夏休み明け、私は一時的な登校拒否になった。担任の先生が怖いと理由をつけて。本当に厳しい人で、嘘ではなかったけど、引き金は別にあった。
 クラスメイトに陰口を言われている。惨めで恥ずかしくて、本当のことは打ち明けられなかった。

「ほんとは、友達と上手くいってないんじゃないかと心配してたの。おっとりしてるから、クラスの輪に入りきれてないんじゃないかって」
「……うん」
「聞いても、蛍なにも教えてくれないから」

 結局、中学高校と友達がいる素振りをみせて、心配させないようにしていた。親には、なんでもお見通しなんだ。
 横になったままの私から少し離れて、お母さんが振り返る。

「でもね、今の蛍は、なんだかいきいきとしてる」

 それだけ言い残して、キッチンへと去って行った。
 クッションをギュッと掴んで、頬を緩める。これほど充実した日々は、生まれて初めて。
 昨日より今日、今日より明日と、希望が溢れていく。