薄暗い街の中。駅を出ると、空にネオンが飛び交っている。
 騒がしい音が私たちを包み込むけど、どちらも何も話さない。並んで歩きながら、緊張の手汗が止まらない。
 どうしよう。気まずい空気が流れている。
 何か話した方がいいよね。でも、なんの話題を出したらいいの。

「……さっきは、お互いさまとか、なんかカッコつけた事言ったけど。ほんとはちょっと嫌だったんだ」
「え?」

 静かに口を開いた宮凪くんを見る。
 目が合って、ドキッとした。

「蛍が、他の奴に囲まれてるの。だから、邪魔した」

 頬が赤く見えるのは、きっと外の灯りのせいだ。
 なんと返したらいいのか分からず、私は相づちを打つだけ。「ありがとう」は自意識過剰な気がする。かと言って「そうなんだ」も人事というか、違う。
 まともに顔を見れなくなって、うつむいてしまった。感じ悪かったかな。

 そのとき、楽器の音が聞こえてきた。少し先で、女の人がピアノを弾いている。空に響き渡る歌声が、とても澄んでいてキレイ。
 弾き語りをしているらしい。こんな素敵な声だったら、合唱コンクールなんて自信満々で参加できるのに。

 行き交う人は、誰も足を止めない。駅の近くにいるのは、仕事帰りとか、予定がある忙しい人ばかりだから。
 私たちも前を通り過ぎていく。まるでその人は、写真の中の風景みたい。


「……!」

 宮凪くんの足が止まった。一歩下がって、引き寄せられるように、歌う人の前に立つ。
 その横顔を見つめながら、耳を澄ませた。聴き覚えのあるメロディーが流れてくる。
 胸を締め付ける、柔らかくて繊細な音。このサビ……、前に宮凪くんが口づさんでいた歌と似て──。

 ポロリと、見開いた瞳から涙が伝う。
 宮凪くんが、泣いてる──?


「蛍、行こう」

 すぐに雫は拭われ、私は知らない素振りをした。見てはいけなかった気がして、胸が騒ぐ。
 引かれた手。宮凪くんの手の甲は、青くキラキラとしている。私たちは、足早にその場を離れた。