無事に修学旅行が終わり、約束の日を迎えた。夏服になって、初めて会うから落ち着かない。
 いつもはただ結んでいるだけの髪を巻いて、ふたつに下ろした。かばんの中には、お土産で買ったキーホルダーのお守りが入っている。
 これは、蛍病の進行が止まるようにと、もうひとつ。今日聞く話が、悪いことではありませんようにと願いを込めて、ふたつ買った。

 家出の日から、宮凪くんには会っていない。あの時は話を聞く状況ではなかったから、今日が本番だ。何を言われようと、覚悟はしてきたつもり。

 公園では、数人の小学生が遊んでいるだけで、宮凪くんの姿はない。海賊船の天井に貼り付けられた手紙には、『わかった』と書いてあるのに。

 三日間通っても来る気配はなく、四日目の放課後、私は公園と反対の方向へ向かった。慣れない小道を進んで、坂を上がる。

 駅の近くになると、スーツを着たサラリーマンや化粧の濃い女の人にチラチラと視線を向けられた。聖薇女学院の制服は特別で、まるで珍怪魚でも見るかの目だ。
 駅の裏側から薄暗い道を歩いていくと、風貌の悪そうな人たちが座っていた。じとっと目だけを動かして、私の行く方へついてくる。

「ねえねえ、キミ、聖女(せいじょ)の子? こんなとこでなにしてんのー? 今から遊ばない?」

 一人の少年が声を掛けて来た。明るい髪をして、首にはタトゥーが施されている。でも、宮凪くんと一緒にいた人たちじゃない。

 怖くなって無視して進んでいくけど、まだ後をついてくる。面白がってか、他に二人増えた。
 速度を上げて、路地の奥へ向かう。この前、宮凪くんがいたところだ。自分の足音だけが響いていることに気付いて振り返ると、さっきの人の姿はなくなっていた。

「おい、早くしろよ! 写真撮れ、写真!」

 厚壁に隠れながら、声のする方を盗み見る。目に飛び込んで来たのは、服を半分脱がされて、水を浴びせられている宮凪くんだった。
 綺麗な髪から滴る水が、青く光る肩と腕に落ちている。

「カイの体すごくね? どうなってんだ、これ」
「うっわ! 宝石みたいじゃん。SNSにアップしたらバズるかも!」
「早くスマホ出せって」

 俯いたまま、宮凪くんは何も反応しない。あきらめているのか、気力が見受けられない。
 目は死んだ魚のようで虚としている。


 ──蛍が見てる世界を、俺も経験してみたいなーって。


 優しく笑いかけてくれたあの頃を、宮凪くんを返して。