「えっ、誰も……?」
「母さんは仕事。夜勤。父さんは、俺が小四のときに死んでるから。今日は俺一人」

 慣れっこな口調で、宮凪くんは淡々と語った。珍しいことではないらしい。
 一瞬、この前の光景が脳裏を過ぎる。あの女の子も、家に呼んだことがあるのかな。余計なことを考えては、掻き消しを繰り返す。宮凪くんは、そんな人じゃない。

 迷ったけれど、私はその提案に乗ることにした。行く当てもなかったし、宮凪くんが一人で寂しそうに見えたから。顔には出さないけれど、少し、ほんの一瞬見せる目が、そう言っている気がした。

 公園を出て、宮凪くんの自転車で夜の町を走る。二人乗りは禁止されているけど、誰もいないし、少しくらい平気だと言うから。ごめんなさいと心の中で何度も謝りながら、唇はちょっぴり上がっている。

 二十一時を過ぎての外出は初めてのこと。街灯がなければ真っ暗で、なにか禍々しい物でも出てきそうな雰囲気だ。
 今頃、お母さんはどうしているだろう。お父さんが仕事から帰宅して、話しているのかな。すぐに帰ると、私に家出なんて大それたことが出来るはずないと、見くびられているかもしれない。

 男の子と一緒だと知ったら、血相を変えて説教するに違いない。『女の子なんだから、もっと自覚を持ちなさい』『蛍は考えが甘いの。みんないい人とは限らないの』
 お母さんこそ、なにも知らないのに、勝手なこと言わないで。

 ──ママはね、蛍のことが嫌いだから怒ってるんじゃないんだよ。蛍のことが大好きだから、蛍のために言ってるの。

 昔の映像がふいに脳裏を掠めて、ハッとなる。


「や、やっぱり……家は、やめておこうかな」

 気づいたら、そんなことを口走っていた。
 宮凪くんは悪い人じゃない。怖くなったわけではなくて、躊躇ったのは、思い出したお母さんの顔が辛そうだったから。

「じゃあ、ここで時間潰す? 付き合うよ」

 ちょうど、この前の河原が目に入る。石橋の角に自転車を止めて、私たちは下へと降りた。