「そういえば、合唱コンクールの結果ってどうなったの? まだ出てない?」

 夕食の準備をしていたお母さんが、ぽつりと言い出す。もう一ヶ月前に出ているが、話していない。
 話題に上がらなかったのと、なるべく知らせたくなかった。ちゃんと歌えていないし、根掘り葉掘りと聞かれるのが困るから。

 お皿運びを手伝いながら、私は歯切れの悪い返事をした。

「……うん、一応、うちのクラスが……選ばれたよ」
「そうなの? よかったじゃない。どんな曲? 何月にコンクールなの? 親は見に行ける?」

 案の定、倍以上になって質問が飛んでくる。嬉しそうな声色が、より気まずさを強めた。


「まだ、わかんない」

 合唱コンクールの詳細は出ていない。嘘じゃない。曲名を教えても、たぶんお母さんは知らないだろう。
 それに、当日出席できるかも不明だ。突然の腹痛に襲われるかもしれない。

「わからないって、練習してるでしょ? 蛍、まさか参加してないの?」

 ギクリと肩を上げて、顔が引き攣る。
 一応、参加はしているけど、歌ってはいない。正確には、あの場になると喉が強張って声が出なくなる。
 お母さんの口は止まらず、少し不機嫌な口調で続けて。

「嫌なことから逃げる癖やめなさい。なんでもまず頑張ってみないと、大人になってから苦労するのよ。それに学校の行事なんだから、ちゃんと参加しないと、クラスの子になんて思われるか」
「……私だって、できるだけ、頑張ってる」
「周りに合わせることも大切なの。社会に出たらね、そんなこと山ほど」
「お母さんに、なにがわかるの……」

 口を尖らせて、終わりそうにない説教を遮った。

「蛍?」

「私の気持ちなんて、わからないよ」

 精一杯振り絞った声は、今にも消えそうだ。
 涙を堪えたまま、私は何も持たずに家を飛び出した。後ろで名前を呼ぶお母さんにもお構いなしで、ひたすらに走る。

 知らない。いつも勝手に決めつけて、なんでも叱ってくるお母さんなんて、もう知らない。私の気持ちなんてどうでもよくて、自分の思い描く娘になってほしいだけだ。

 あんな家、帰りたくない。

 涙まみれの顔を拭いながら、向かってくる自転車を避ける。薄暗くて見えなかった側溝に片足を引っ掛け、ズテンと派手に転んだ。
 泥だらけになったスカートと靴下に、余計に涙が溢れてくる。虚しくて、悲しくて、情けなくて、痛くて……。