暗闇を走る電車の中で、ぐずぐずと鼻をすする。通り過ぎていく景色を眺めながら、宮凪くんの言葉を思い出しては涙が押し寄せた。
 多いってことは、少なからずよくならない人がいるわけで。想像してしまったら、不安しかない。
 人目もはばからずと飽きられそうだけど、止まらないものは仕方ない。

「もう泣くなって。俺はまだ死なねぇし、死ねない。蛍とやりたいこと、いっぱいあるし」

 電車が動くたびに肩がぶつかる。窓を向いたままの宮凪くんの手が重なって、ぐわんと心臓が揺れた。
 かばんでスマホの鳴る音がする。たぶん、お母さんだ。早く帰って来なさいと催促の連絡だろうけど、私は瞼を閉じて無視した。ごめんなさいと、心でつぶやいて。

 最寄り駅につく頃、迎えに来てほしいと返事をした。すぐ既読になって、『今から行く』とだけ返ってきた。
 宮凪くんが一緒に待ってくれて、駅裏へ向かう。冷静になって考えたら、取り乱して困らせていたなと思う。大変なのは、宮凪くんなのに。

 街灯の少ない裏側は、ほとんど人の気配もない。野良猫が通り過ぎて行く以外は、誰も。

「今日はありがと。久しぶりに楽しかった」

 先に沈黙を破ったのは、宮凪くんだった。
 まだ迎えは来ていないけど、別れの台詞を告げられて寂しさが押し寄せる。

 ──もう、今日が終わってしまう。

「私の方こそ、ありがとう。すごく、非日常的な……一日でした」

 とっさに頭を下げた。経験したことのない時間を過せた感動と、淡い気持ちを教えてくれたことに感謝して。

「私でよければ、また、協力させてね」

 素直に会いたいと言ったらいいのに。恥ずかしくて言葉に出来ない。
 そんな自分が情けなくて、嫌いだ。
 夜風の吹く音だけが耳に響く。黙ったままの宮凪くんが、一歩前へ出て。

「じゃあ、最後にもうひとつ。わがまま言っていい?」

 肩に乗る手と、ゆっくり重なる影。目と鼻の先にある整った顔に、思わずギュッと目を瞑る。
 うわ、うわ……そんな、いきなり。ど、どうしたらいいの。息はしていていいの? 口は閉じたままま?

 心の準備が、まだ──。

 氷みたいに固まった頬に、柔らかな感触が降ってくる。
 唇じゃなくてホッとしたような、残念のような。複雑な感情が入り混じっていた。
 深く関わらないと決めていたのに、宮凪くんからどんどん抜け出せなくなっていく。