「え?」
「海ホタルは、死ぬまでにもう一回は見ておきたいかも」

 どこで見たのか、なんだったのか、はっきり覚えていない。
 ただ、お祖父ちゃんが海ホタルだと教えてくれたこと、子どもながらに幻想的で美しかったという記憶だけが残っている。

「……じゃあ、今から見に行こう。俺、いいとこ知ってるから」
「ほんと? でも、今日はもう暗いし」

 食いつき気味に出た上半身をゆっくり戻して、少しだけ歩幅が狭くなる。

「暗くないと見れないだろ」
「そう、だけど。お母さんが、心配すると思うし」

 矛盾している。口では抵抗しながら、足の速度はまだ帰りたくないと言っている。

「今逃したら、一生見れないかもしんねぇよ? 蛍はそれでいいの?」
「えっ……、やだ」
「なら行こ! 俺の気が変わる前に!」

 強引に手を引かれて、来た道を戻っていく。薄暗い街灯の下、小さな吐息や駆ける足音も聞こえない。
 繋がれた指のせいで、心臓の音だけがずっとうるさく響いていた。

 夢中で走って、たどり着いたのは小さな河原。周囲からの光もほとんどなく、殺風景な場所だ。
 不安になりながら、さらに奥へ進む宮凪くんの背中を追いかける。テトラポットの上を歩いて、砂利を踏む。

 さっきは暗くてよく分からなかったけど、ここの石は白い。祖父と見た景色と、少し似ている気がした。
 握られていた手が離れて、温もりが消えていく。もうちょっと触れていたかったな。そんな恥ずかしい感情が込み上げて、ぶるぶると振り払う。
 何考えてるの、私。おかしいよ。

「蛍、こっちだよ」

 気付くと宮凪くんは川のすぐ手前にいて、素足の横にスニーカーが置かれていた。
 そのまま入って行く宮凪くんに「待って」と声を掛けるけど、止まる気配はない。
 川は急に深くなると言うし、夜はさらに危険。何をするつもりなの?
 まさか──。

 とっさに駆け寄ったから、靴を脱ぐ余裕もなくて、靴下のまま飛び込んだ。それを見て、宮凪くんがぎょっとした顔をして、私の肩を掴む。

「──なにしてんの⁉︎」
「だ、だって、宮凪くんが……」

 死のうとしているのかと思った。その言葉を飲み込んだ時、不思議なものが目に入る。
 青い光がきらきらと現れて、宝石のように輝き始めた。水面ではなく、発光源は宮凪くんの足と手のひら。
 水に触れた部分だけ、電気を装飾したみたいになっていた。