分厚い図書の本を持っているのもあって、帰りの足取りがいつもより重い。
 公園の敷地へ入ったら、海賊船の遊具の前に私服姿の男の子がいた。ぼやけた輪郭がくっきりして、やっぱり宮凪くんだと確信する。

 今日は制服じゃない。学校を休んだのかな。だとしたら、どうしてここへ来るんだろう。宮凪くんの家とは反対方向で、通り道でもないのに。

「冴えねぇ顔。学校でなんかあった?」

 棒付きの飴を咥えながら、ははっと笑みをこぼして、こっちへ歩いてくる。
 からかうような声色に、少しだけムッとして。

「……なにも、なかった」

 人の気持ちも知らないで。楽しそうにする宮凪くんを避けて、ブランコへ座った。
 軽いステップを踏むように、宮凪くんが隣のブランコへ飛び乗る。

「まあー、そう簡単に変われたら悩まねぇよな。人間あきらめも必要だぞ」

 他人事だからって……そう思う反面、その通りだと頷く自分もいたりする。
 真木さんと話せなくても、困るわけじゃない。それに、迷惑そうな顔をされたら、それこそ立ち直れない。
 このままクラスで孤立していても、卒業は勝手に近付いてくるから。

 交互に揺れるブランコは、それぞれ前を向いて動いている。平行線のまま、触れ合うことはない。きっと、私の人生もそんな感じで終わるんだろう。

「それは勇気出して、頑張った奴だけが言えることだけどな」
「……えっ?」

 急に鎖が引っ張られて、ガチャンとぶつかる音が鳴った。

「まだ頑張れてねぇじゃん。蛍も、俺も。そうだろ?」

 すぐ目の前にある瞳に、大きく心臓が動く。交わるはずのない線が重なっている。
 浮きそうなつま先に、ぐっと力を入れた。

「……うん」

 やっぱり、宮凪くんはすごい人だ。一瞬にして、人の心を掴んでしまうのだから。
 帰りの方向は反対のはずだけど、私の家へ続く道を二人で歩いている。いつもより遅くなってしまったからと、宮凪くんが途中まで送ってくれると言う。
 悪いからと、何度も断りを入れたのに、いいからと押し通されてしまった。

 こうして並んで帰っていると、とても不思議な気持ちになる。学校は違うけど、友達と帰っているみたいで、少しそわそわする。

「蛍は、何かやりたいことないの? 死ぬまでにフォアグラ食いたいとか、映画作ってみたいとか」
「……いきなり聞かれても、すぐに出てこないよ」

 考えたこともなかった。将来何をしたいとか、漠然と想像したことはあったけど、死ぬまでにしておきたいことなんて、あるようで思いつかない。

「行きたい国とか、見てみたいものとかさ」

 宮凪くんの落ち着いた声が、波の音に聞こえた。
 頭に浮かんだのは、幼稚園の頃にお祖父(じい)ちゃんと見た光景。水面が青く輝いて、すくった手のひらは宝石箱をひっくり返したようだった。


「──海ホタル」