「明日、頑張って声かけてみたら?」
「えっ」
「気になるクラスメイトに。蛍ならできるよ。もう俺と普通に話せてるし」
「……そんなこと」
言いかけた言葉をごくんと飲み込む。
──さっき春原さんに無視されたんだけど。いつも何言ってるかわかんねぇし。マジでムカつくよな。
その男子の言葉だけ、今でも鮮明に覚えている。
怖くて声が出なかった。話すことに臆病だった私が、今はそれなりの声量を出せていた。少しずつだけど、宮凪くんとなら友達になれる気がする。
薄暗くなった景色を背景にして、小さく手を振った。ぬかるんだ地面を踏みながら、宮凪くんが笑うと八重歯がのぞく。そんな何気ない表情が可愛らしく思えて、手紙のやり取りを思い出す。
女の子じゃなくても、宮凪くんはやっぱりウミちゃんだ。明るくて優しくて、強い。
いつか私も、あんなふうになれるかな。
雨上がりの空気は、いつもより澄んで感じる。明日は、いいことが起こる気がした。
***
「あと一人、誰かやってくんないかなぁ?」
教卓の前で、腕組みをした三浦先生が頭を抱えた。みんな視線を合わせないように、しらっとした顔をしている。
再来週に控えた合唱コンクールのオーディションへ向けて、急遽、実行委員を決めることになった。クラスのまとまりがないことに、先生が焦りを感じているらしい。
すでに立候補で決まった真木さんが、黒板の前で教室を見渡している。
仲良くしている子たちも、面倒だからとやりたくない素振り。私もやりたいわけではないけど、先生も困っているし、真木さんと話す機会が増える。
「このコンクール、絶対成功させたいのよ! みんなの力が必要なの。これは、一年生でしか経験できない貴重な時間なのよ〜? みんな、どう?」
気持ちでは手を上げようと思うのに、その一歩が踏み込めない。
真木さんと目が合った。他の人が前を見ていないからなのか、じっとこっちへ視線を向けている。
小さく唇が動いて、何か問いかけているみたい。
……やる?
挙げたそうな手に気付いてか、真木さんはそう言っていた。
「よーし。今日は五月七日だから、出席番号十二番に任せる」
「え~、わたし? 十二全然関係ないし!」
「足し算よ、足し算」
「意味不明。サイアクなんですけど~」
私の後ろの席で、真木さんと仲良くしている沢井さんが嘆くような声を上げた。彼氏との時間が減ると、ぶつぶつ文句を吐いている。
今、代わると言えば、まだ間に合う。振り向いて、声を掛ければ──。
「あ、あの、沢井さん。よかったら、変わるよ」
「えっ、いいの? 春原さん、神ー!」
「春原さん、引き受けてくれてありがとう! 今、先生は感動しているよ。みんな、オーディション頑張ろう」
「はいっ」
少しだけ傾けた体は、通り過ぎていく彼女と一緒に前を向いた。
結局、なにも出来なかった。現実は想像のようにはいかないもの。また変われないまま、一日が過ぎていく。
「えっ」
「気になるクラスメイトに。蛍ならできるよ。もう俺と普通に話せてるし」
「……そんなこと」
言いかけた言葉をごくんと飲み込む。
──さっき春原さんに無視されたんだけど。いつも何言ってるかわかんねぇし。マジでムカつくよな。
その男子の言葉だけ、今でも鮮明に覚えている。
怖くて声が出なかった。話すことに臆病だった私が、今はそれなりの声量を出せていた。少しずつだけど、宮凪くんとなら友達になれる気がする。
薄暗くなった景色を背景にして、小さく手を振った。ぬかるんだ地面を踏みながら、宮凪くんが笑うと八重歯がのぞく。そんな何気ない表情が可愛らしく思えて、手紙のやり取りを思い出す。
女の子じゃなくても、宮凪くんはやっぱりウミちゃんだ。明るくて優しくて、強い。
いつか私も、あんなふうになれるかな。
雨上がりの空気は、いつもより澄んで感じる。明日は、いいことが起こる気がした。
***
「あと一人、誰かやってくんないかなぁ?」
教卓の前で、腕組みをした三浦先生が頭を抱えた。みんな視線を合わせないように、しらっとした顔をしている。
再来週に控えた合唱コンクールのオーディションへ向けて、急遽、実行委員を決めることになった。クラスのまとまりがないことに、先生が焦りを感じているらしい。
すでに立候補で決まった真木さんが、黒板の前で教室を見渡している。
仲良くしている子たちも、面倒だからとやりたくない素振り。私もやりたいわけではないけど、先生も困っているし、真木さんと話す機会が増える。
「このコンクール、絶対成功させたいのよ! みんなの力が必要なの。これは、一年生でしか経験できない貴重な時間なのよ〜? みんな、どう?」
気持ちでは手を上げようと思うのに、その一歩が踏み込めない。
真木さんと目が合った。他の人が前を見ていないからなのか、じっとこっちへ視線を向けている。
小さく唇が動いて、何か問いかけているみたい。
……やる?
挙げたそうな手に気付いてか、真木さんはそう言っていた。
「よーし。今日は五月七日だから、出席番号十二番に任せる」
「え~、わたし? 十二全然関係ないし!」
「足し算よ、足し算」
「意味不明。サイアクなんですけど~」
私の後ろの席で、真木さんと仲良くしている沢井さんが嘆くような声を上げた。彼氏との時間が減ると、ぶつぶつ文句を吐いている。
今、代わると言えば、まだ間に合う。振り向いて、声を掛ければ──。
「あ、あの、沢井さん。よかったら、変わるよ」
「えっ、いいの? 春原さん、神ー!」
「春原さん、引き受けてくれてありがとう! 今、先生は感動しているよ。みんな、オーディション頑張ろう」
「はいっ」
少しだけ傾けた体は、通り過ぎていく彼女と一緒に前を向いた。
結局、なにも出来なかった。現実は想像のようにはいかないもの。また変われないまま、一日が過ぎていく。