「蛍ってさ、頭良いわりにどんくさいよな」

 雨がしとしと泣き止まない中、公園の海賊船で雨宿りをしていたら、紺色の傘から顔が覗いた。くくっと笑いをこらえているのは、宮凪くんだ。
 泥跳ねした白靴下を隠して、少し奥へ距離をとる。
 落ち着かないでいると、濡れた傘を置いた宮凪くんが隣へ入り込んだ。肩が触れて、頬が熱くなる。茜色の空が隠してくれてよかった。

「ゴールデンウィーク中は、来れないんじゃなかった?」
「……宮凪くんこそ」
「俺は特に予定ないし。一人で暇だったから」

 お家の人は誰もいないのかな。仕事なのかな。頭をよぎった疑問はすぐに流して、また口をピタリと閉じる。
 余計なことは考えない。誰にでも家庭の事情ってものがあるのだから、下手に首を突っ込まない方がいい。予測もしないところで、地雷を踏むことだってあるのだ。

「手紙だと話してくれるのに、会うと大人しいのな」
「……それ、言わないでよ」
「前書いてた学校の人とどうなった? 話しかけれた?」

 真木さんのことだ。少し前に、明るくて誰とでも仲良くなれる子がいるけど、なかなか輪に入れないと相談したことがあった。
 男の子で、しかも会うことになるなら話さなかったのに。

「……まだ、勇気が出なくて」
「ふーん。俺にはよく分かんねーけど、そういうもんなの?」

 スマホをいじりながら、まるで興味がないみたいな返事。正反対の性格の宮凪くんに、この気持ちは分からないよ。
 こんな私といてもつまらないのに、どうして会いに来るんだろう。

 約束をしているわけじゃない。ただ、帰りに公園へ寄ると必ず宮凪くんが来る。私の方こそ、まっすぐ帰ればいいのに、足が向かうのはどうしてかな。
 今日だって、学校は休みなのにわざわざ出向いてしまった。


「ほら、これ」

 見せられたのは、この前の子猫が写った画像だった。引き取ってくれた人が、SNSに載せているらしい。

「こいつの名前、なんだと思う?」
「えっ……分かんないよ」
「ネコ太」
「……かわいい」
「うそだろ……ネコ太だぞ? どう聞いてもセンスねぇだろ」

 あまりに驚いた声と表情だったから、思わず吹き出してしまう。

「ちょっとは思ったけど、否定するのは失礼かなって」

 くすくすが止まらないでいると、宮凪くんが隣でネコ太の画像をスクロールしていく。仰向けに寝転んだり、おいしそうなご飯をもらっている。
 幸せそうな姿に、こっちまで胸が温かくなる。

「運命って分かんないよな。捨てられてるのがここじゃなかったら、俺たちが見つけてなかったら、この人が引き取ってくれなかったら。ネコ太は、今生きてないかもしんねぇじゃん」

 動きの止まった指先を、じっと見た。
 たしかに、宮凪くんの言う通り。全ての小さな奇跡が重なったから、ネコ太は今を生きている。
 なにげなく過ごしている毎日でも、少しの勇気で変えられるものがあるんだ。