藤原満成が亡くなり――、その息子たちの悪事が暴かれると、藤原兼家は当然のようにあっさりと彼らを切り捨てる行動に出た。
結局、満顕、満忠兄弟は――、都の兵より追われる身となり、いずこかへと姿を消す。同時に、貴族内でそこそこ有名であった、在野の陰陽師・牟妙法師も、彼らの手引きをした者として追われることになるが――、その行方はすぐに消え失せて、それ以降の歴史にすら登場しなくなるのであった。
蘆屋道満は今回の件で、貴族というモノに対する見方が大きく変わってしまっていた。
親しい関係にある者は別として、仕事でない限り極力関係を結ばず――、そもそもその言葉を信用しなくなったのである。
特に藤原兼家に対しては、その存在自体を嫌悪するに至り――、それ以降の所業の事もあって、師・安倍晴明の命令がない限り口すら聞かない有様であった。
――当の兼家といえば、しばらく後に自身の娘が時の天皇・円融天皇の中宮になれなかった事をきっかけに邸宅に引きこもり、その円融天皇の使いにろくに返答もしない有様となり。
その道満にとって見ればあまりに下らない行動は、円融天皇が自身の孫に当たる懐仁親王を東宮に指名する時まで続いた。
そして――、その事が兼家の権力欲をさらに刺激したのか、自身の従兄の藤原頼忠との暗闘が激化してゆき――、結局、平安京の闇は深まるばかりであった。
そうするうちに、時は巡り――、蘆屋道満も二十代を折り返す年齢となっていた。
何かと若かった言動はなりを潜め、物静かで礼儀正しい言動に変わっていったが――、実際のところ中身は変わることはなかった。
理不尽なことに怒りを燃やし、弱者を救うのに命を懸ける――、その激情は変わらず蘆屋道満の心の中に燃えていたのである。
そして寛和元年の初め――、
蘆屋道満は、源満仲配下の武者たちと共に、国を脅かす海賊たちを退治するため、一時的に平安京を離れて任務についていた。道満らは、その任務に数か月間全力を注ぎ、ついには海賊たちを撃退することに成功した。
そうして、その任務が無事終わりを告げ、四月の桜が優美に咲き誇る頃――、再び平安京に帰還した道満は、その成果を報告すべく師である安倍晴明の邸宅へと戻って来た。道満は任務の成功を喜びつつ、しかしそれとは裏腹の想いを持って師の下へと帰還したのである。
「ご苦労様でしたね道満――」
「ふ――、皆今に老けたな師よ」
「そうですか?!」
「嘘だ――」
そう言って声を出して笑う道満に対して、晴明も温かい笑顔を返す。その瞬間、周囲の雰囲気は一瞬で明るくなった。しかし、その笑顔の背後に隠された影を、晴明だけは確かに捉えていた。彼の微笑は外見だけのもので、内側には何か別の感情が隠されていることを、晴明は瞬時に感じ取ったのだ。
(――道満は……、このまま平安京にいて、貴族たちの命で動くことに疑問を持っているようですね)
そう――、今、道満は平安京を離れて、播摩の地へと戻ることを考えているようであった。
それはすなわち、晴明の弟子であることを辞めるという事であり――、
(師である私とのつながり――、そして、妹弟子としてうちにいる梨花とのつながり、その二つが今道満を平安京に居させている)
もし――、その二つが失われたならば……。
それを想って晴明は静かにため息をつく。晴明にとっても道満という男は、現在では居て当然の大切な存在になっているからである。
(これ以上、道満を失望させるような出来事が起こらないとよいのですが――)
そう心の中で思う晴明であったが――、その願いは結局叶えられることはない。
そう――、その翌年に、藤原兼家が裏で暗躍する、とある歴史的事件が起こるからである。
その兆しとして――、平安京は……、紅蓮に染まることになる。
◆◇◆
――ああ口惜しや――
安倍晴明――、蘆屋道満――。
そして――、私をあっさりと見捨てた……――
許さぬ――、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ――
許さぬぞ――、我が恨み――、その紅蓮の炎を身をもって知るがよい――
我は戻ったぞ――、この地に――
平安京に――
さあ――、都よ――、我が怨嗟の炎に巻かれるがよい――
――我が名は……――
結局、満顕、満忠兄弟は――、都の兵より追われる身となり、いずこかへと姿を消す。同時に、貴族内でそこそこ有名であった、在野の陰陽師・牟妙法師も、彼らの手引きをした者として追われることになるが――、その行方はすぐに消え失せて、それ以降の歴史にすら登場しなくなるのであった。
蘆屋道満は今回の件で、貴族というモノに対する見方が大きく変わってしまっていた。
親しい関係にある者は別として、仕事でない限り極力関係を結ばず――、そもそもその言葉を信用しなくなったのである。
特に藤原兼家に対しては、その存在自体を嫌悪するに至り――、それ以降の所業の事もあって、師・安倍晴明の命令がない限り口すら聞かない有様であった。
――当の兼家といえば、しばらく後に自身の娘が時の天皇・円融天皇の中宮になれなかった事をきっかけに邸宅に引きこもり、その円融天皇の使いにろくに返答もしない有様となり。
その道満にとって見ればあまりに下らない行動は、円融天皇が自身の孫に当たる懐仁親王を東宮に指名する時まで続いた。
そして――、その事が兼家の権力欲をさらに刺激したのか、自身の従兄の藤原頼忠との暗闘が激化してゆき――、結局、平安京の闇は深まるばかりであった。
そうするうちに、時は巡り――、蘆屋道満も二十代を折り返す年齢となっていた。
何かと若かった言動はなりを潜め、物静かで礼儀正しい言動に変わっていったが――、実際のところ中身は変わることはなかった。
理不尽なことに怒りを燃やし、弱者を救うのに命を懸ける――、その激情は変わらず蘆屋道満の心の中に燃えていたのである。
そして寛和元年の初め――、
蘆屋道満は、源満仲配下の武者たちと共に、国を脅かす海賊たちを退治するため、一時的に平安京を離れて任務についていた。道満らは、その任務に数か月間全力を注ぎ、ついには海賊たちを撃退することに成功した。
そうして、その任務が無事終わりを告げ、四月の桜が優美に咲き誇る頃――、再び平安京に帰還した道満は、その成果を報告すべく師である安倍晴明の邸宅へと戻って来た。道満は任務の成功を喜びつつ、しかしそれとは裏腹の想いを持って師の下へと帰還したのである。
「ご苦労様でしたね道満――」
「ふ――、皆今に老けたな師よ」
「そうですか?!」
「嘘だ――」
そう言って声を出して笑う道満に対して、晴明も温かい笑顔を返す。その瞬間、周囲の雰囲気は一瞬で明るくなった。しかし、その笑顔の背後に隠された影を、晴明だけは確かに捉えていた。彼の微笑は外見だけのもので、内側には何か別の感情が隠されていることを、晴明は瞬時に感じ取ったのだ。
(――道満は……、このまま平安京にいて、貴族たちの命で動くことに疑問を持っているようですね)
そう――、今、道満は平安京を離れて、播摩の地へと戻ることを考えているようであった。
それはすなわち、晴明の弟子であることを辞めるという事であり――、
(師である私とのつながり――、そして、妹弟子としてうちにいる梨花とのつながり、その二つが今道満を平安京に居させている)
もし――、その二つが失われたならば……。
それを想って晴明は静かにため息をつく。晴明にとっても道満という男は、現在では居て当然の大切な存在になっているからである。
(これ以上、道満を失望させるような出来事が起こらないとよいのですが――)
そう心の中で思う晴明であったが――、その願いは結局叶えられることはない。
そう――、その翌年に、藤原兼家が裏で暗躍する、とある歴史的事件が起こるからである。
その兆しとして――、平安京は……、紅蓮に染まることになる。
◆◇◆
――ああ口惜しや――
安倍晴明――、蘆屋道満――。
そして――、私をあっさりと見捨てた……――
許さぬ――、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ、許さぬ――
許さぬぞ――、我が恨み――、その紅蓮の炎を身をもって知るがよい――
我は戻ったぞ――、この地に――
平安京に――
さあ――、都よ――、我が怨嗟の炎に巻かれるがよい――
――我が名は……――