君のことを、何に例えたらいいのだろう。
 適当でも何か答えていたら、違っていたのだろうか。
 いや、もっと前のあの時に、勘違いでもいいから言ってしまえばよかったのだ。
 そんなくだらないことを今でも考えて後悔しまうくらいには、君のことが好きだったんだなと思う。
 もう、伝えることはできないけれど。


 35度を超える猛暑日が連日続いていたのに、その日だけはなぜか大雨で25度まで一気に気温が下がった。
 蒸し暑く風もない、不快指数100%のそんな日に、君は死んだ。
 死んだらしい、と言った方が正しいだろうか。
 僕がそれを知ったのは、彼女がこの世界からいなくなってしばらく経ってからだったから。
 まるで一種の呪いであるかのように、その変わりようのない事実は卒業を間近に控えた今もじわじわと僕を蝕み続けている。
 遅効性の毒のようにこれからも毎日少しずつ、僕を駄目にしていくんだろう。

 
 
 「わたしのこと、どういう人だと思ってた? 例えるならなにに似てる?」なんて、唐突に不安そうな顔で彼女が尋ねたあの日から、足りない頭でずっと考えていた。

 満開の桜のように、見た人を笑顔にできる人。
 静かに打ち寄せる波がさらっていく、太陽にきらめく砂のような人。
 秋の夜長に聞こえてくる、静かな虫の音のような人。
 足跡もなにもない白く冷たい雪のように、きれいだけど少し寂しさを感じる人。

 いまなら少しはましなことを言えそうだ。
 「詩的だね」なんて、彼女は普段の僕のように皮肉めいた笑みを浮かべるかもしれない。そこまでの答えは求めていなかった、と。
 でも、あの頃にこれらを迷いなく彼女に告げていたら、きっと今は変わっていたのだろう。

 あの日の僕は、その質問にすぐ答えることができなかった。
 こんな凝った言葉じゃなくても、なんでもいいから、とりあえず言ってみればよかったのにと今は思う。
 「人形みたいだと思った」とか「白いスカートがよく似合う」とか。
 あるいは「結構がさつで大口開けて笑う」とか「沸点が低い」とか。
 思ったことをそのまま、飾らない僕の言葉で。

 だけどその時の僕は、しっくりと当てはまる良い例えに辿り着けなくて、しばらく口をつぐんでいた。
 そんな僕を見て、「もういいよ、急に変なこと言ってごめんね」と伏し目がちで言うから、気まずい空気のまま会話は終わってしまった。
 
 君を例える言葉は今ならいくつも浮かんでくるのに、まだ「これだ」と思えるようなものには出会えずにいる。
 けれど僕にとってはどれもきらきらした星屑のようで、小さなかけらひとつでさえ手放せない。
 もう二度と伝えることはない君のためだけの言葉たちは意味を成さずゴミになったけれど、その数々を今も僕はずっと抱きしめ続けている。