その日の帰り道は、なぜだか少しだけ沈黙が多い気がした。いつもなら自然と会話が弾むのに、今日は駿介の口数が少ない。萌が何か話をしていれば相槌を打ってくれるが、どことなく上の空のような気がした。
 かくいう萌も、正直なところ昼休みに告白現場を目撃してしまったことが尾を引いていた。

 もしかしてそれで矢吹くんも気まずい思いをしているのかな。

 そんなことを考えながら萌がちら、と顔を盗み見ると、駿介としっかり目が合ってしまう。なんとなく恥ずかしくて、笑みがこぼれる。駿介も笑ってくれて、先ほどまでの気まずさが和らいだ気がした。
 気になるならば、いっそ素直に訊いてみようか。そんな風に思い立ち、萌は勇気を出して口を開く。

「矢吹くん、お昼休みのあれって、やっぱり告白?」

 直球でぶつけた萌の質問に、駿介は涼しい顔で答える。

「ん? ああ、そうだけど」
「…………そっかぁ」
「でもはっきり断ったよ。好きな人がいるからって」

 好きな人、と萌が繰り返すと、なぜか駿介が少しだけ焦ったような声を出す。

「一応言っておくけど、雨宮のことだからな?」
「あはは、さすがに分かってるよ」

 でも、ありがとう。
 きっと駿介は、萌が不安にならないように言葉にしてくれたのだろう。その優しさが嬉しくて、笑いながらお礼を言う。
 どういたしまして、と微笑み返してくれた駿介は、少しの間黙って歩いていた。次の角を曲がればもう萌の家の前、というところで、ふいに彼が口を開く。

「俺も一個きいていい?」
「もちろん。なに?」

 駿介は少しためらっているようだった。何か言いにくいことなのかもしれない。そう思い、萌が歩んでいた足を止めると、駿介も立ち止まった。

「あー、あのさ」
「うん」
「昼休みに着てた上着って、誰の?」

 なんかもこもこのかわいいやつ着てたじゃん、という言葉に、萌は首を傾げる。それから昼休みの健也とのやりとりを思い出し、ああ! と声を上げる。

「あれ、五十嵐くんのだよ。自分のがあるから大丈夫って断ったんだけど、借りないとついてきそうな勢いだったから借りちゃった」

 萌の言葉に納得するように、「どこかで見たことがあると思ったけど、健也のやつか……」と駿介が呟く。
 そして、何かを取り繕うように珍しく早口で言葉を紡ぐ。

「いや、あれに見覚えはあったけど雨宮のコートは違うやつじゃん。じゃああの上着は誰のものだっけって、昼休みからずっと気になっててさ」

 なんか謎が解けてすっきりしたわ、という駿介の言葉に、萌はくすりと笑う。
 思い出せそうで思い出せない。そういう経験は萌にも何度もある。大きな不安や悩みごととは少し違うが、それでも確かに胸の内でずっともやもやし続けてしまう気持ちは理解できる。帰る前に解消してあげられてよかった、と安堵して、二人は再び歩き始める。

 すぐに家に着いてしまい、少しだけ名残惜しい気持ちになった。昨日も今日も顔を合わせていたし、明日も明後日も、会うことはできるのに。
 好きという気持ちがあると、ほんの少しでも長く一緒にいたいと、そう思ってしまうのかもしれない。
 でもここで引き止めてしまえば、駿介が自分の家に辿り着く時間も遅くなってしまう。勉強も部活も全力で頑張っているのを知っているから、せめて萌のために無理はさせたくない。
 わがままな本音に蓋をして、萌は家の門に手をかけ、身体を中に滑り込ませる。

「矢吹くん、今日も送ってくれてありがとね! 気をつけて帰ってね」
「ん。寒いから雨宮もすぐ家入れよ。また明日」
「うん、また明日ね」

 手を振って背中を見送っていると、ふいに駿介が振り返る。それから早く家に入れ! と声は出さずにアピールしてくるので、萌は素直に従うことにした。
 少しだけもやもやしていた気持ちも、いつのまにかすっきりしていて、疲れているはずなのに足取りは軽くなっていた。