年が明けて、新しい一年がまた始まる。四月になれば萌は三年生、受験生になる。吹奏楽のコンクールも、今の学校で挑戦できるのは最後になるだろう。
 大学生になれば、もしかしたら駿介とは違う学校かもしれない。トランペットを続けるかもまだ分からない。
 だからこそ、一分一秒も無駄にすることなく、大切に過ごしたいと思う。

 年明けの部活動の自主練習は、初日から参加した。さすがに参加人数は少なかったが、年始から集まるようなメンバーは楽器が好きでたまらない部員ばかりだ。
 駿介ももちろん参加していて、今年もよろしく、とお互いに声をかける。
 新しい年は、こうして緩やかに始まった。

 冬休みが終わり、授業も始まった。
 健也と顔を合わせるのは少しだけ気まずかったが、いつもの調子で優しく声をかけてくれたので、萌も変わらずに接するようにした。

 萌も冬休みが終わってから、一つだけ勇気を出してみた。
 朝一番に駿介のクラスを訪ねて行き、教室を覗いてみる。萌の探していた人物は、ちょうど登校してきたばかりだったようだ。見覚えのあるマフラーを身につけた彼女に近づき、萌は声をかけた。

「篠原さん。ちょっといいかな」
「…………なによ、嫌味でも言いにきたの?」

 近くで見るとより整って見える顔立ち。長めに引かれたアイラインは、麻衣のつり目に強い目力を与えていた。メイクによって気が強そうに見えるが、もしかしたら素顔はもう少しやわらかい印象なのかもしれない。
 メイクの有無で雰囲気は変わるだろうが、麻衣は化粧をしていなくても間違いなく美人だろうな、と萌は確信していた。

 不満を口にする麻衣を、半ば無理矢理中庭まで連れ出した。彼女は長いマフラーの先をくるりと指先でいじりながら、不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
 
「マフラー、自分で使うことにしたの?」
「やっぱり嫌味じゃん。駿介に突き返されたのよ。どうせ聞いてるんでしょ」
「聞いてないよ」

 ストーカーから麻衣のことを守っている間、駿介が身につけていたマフラー。それは、今麻衣の首元に巻かれている。
 大人っぽい顔立ちだからか、メンズものも違和感なく着こなしている。
 かっこいいな、と萌は素直に思った。

「…………私ね、篠原さんのこと、ちょっと苦手だったの」
「ふーん。まあ、そうだろうね。私はあんたにとって憎き恋敵だろうし?」
「んー、まあそういう面もあるけど」

 萌は否定しなかった。駿介のことが好きだ。そのことが、麻衣にバレても構わないと思ったのだ。どうしてかは分からない。でも、麻衣は絶対に言いふらさない、という確信があった。
 麻衣も萌が認めるとは思っていなかったようで、少しだけ驚いていた。そんな彼女に、言葉を投げかけていく。

「篠原さんは強そうに見えたから」
「…………ケンカの話?」
「違うよ。心の話」

 気が強いとか、そういう話ではない。
 ただ、人目を引く容姿も、目力を強調するメイクも、派手な格好も、麻衣の強さを表していると思うのだ。
 自分の好きな格好をする。人の目なんて関係ない。言いたいことは勝手に言ってろ、と。
 萌にはそんな風に見えていた。

「でもさ、篠原さんにもこわいものとか苦手なものはきっとあって…………それを助けてくれたのが、矢吹くんなんだよね」

 だから、麻衣は駿介に頼った。守ってもらいたかった。
 萌のように、見た目で勝手に麻衣のことを強いと判断してしまう人もいるだろう。もしかしたら麻衣は、駿介の他に弱音を吐き出す相手がいなかったのかもしれない。
 あんたに何が分かるのよ、と呟き、麻衣が俯く。その手には黒いハンカチがぎゅっと握られている。麻衣は怒りの表情を浮かべていたけれど、萌にはどこか悲しそうな顔に見えた。

 もしかして、あのハンカチは矢吹くんとの思い出のものなのかな。

 萌が宝物をたくさん持っているように、麻衣にもあるのかもしれない。
 そう思うと、麻衣のことも途端に身近に感じられた。
 元々言おうと決めてきた言葉が、萌の口から自然に紡ぎ出される。

「ねえ、篠原さん。友達になろうよ」
「…………は?」
「同じ人のことが好きで、ライバルかもしれないけど…………たぶん私たち、仲良くなれると思う」

 麻衣と友達になろう、と思ったのは、下心からではない。友達になって、何気ない話をたくさんする。たまにケンカもして、でも仲直りだってする。そうして関係を築いていけば、いつか麻衣のことを理解出来る日がくるかもしれない。
 分かりたいと思ったのだ。ストーカーという害のある男の人に怯え、好きな人に助けて欲しいと願った普通の女の子。
 人よりも特別美人なだけの、萌と同じ普通の女子高生だと分かったから。

 萌の言葉を聞いて、麻衣は固まった。
 それから。

「ば、ばっかじゃないの!? 私とあんたが友達!? なれるわけないでしょ!」

 真っ赤な顔で萌を睨みつけ、麻衣は言い捨てる。

「なるわけない、じゃなくて、なれるわけない、なんだ」
「うるさい! 私もう戻るから!」
「はーい。また遊びに行くね」
「来なくていい!」

 ツンツンした態度で萌に背中を向けて、麻衣が教室へと戻っていく。その後ろ姿にひらひらと手を振るが、麻衣が振り向くことはなかった。
 でも、麻衣の反応は想像していたよりも上々。
 仲良くなれる未来は、きっとすぐそこだ。
 
 しょっちゅう言い争いながらも、ケンカするほど仲がいい。春にはそんな関係になっていることを萌はまだ知らない。


 完