帰り道はすっかり暗くなっていて、駿介が家まで送ってくれた。
 寒空の下、交換したばかりのマフラーを巻いて、二人で並んで歩く。手は繋いでいなかったけれど、出かける前よりも心の距離は縮まっている気がした。
 たったそれだけで胸の奥がぽかぽかして、嬉しい気持ちになるのだから、萌は今とても幸せなのだろう。
 何気ない話をしながら、駿介のことを見上げる。萌の視線に気がついて、駿介は優しく笑ってくれた。

 今日一日だけで、宝物がたくさん増えたみたいだ。
 プレゼントでもらったマフラーと髪飾り。それからクレーンゲームで取ってもらった猫のぬいぐるみ。
 でも、宝物は形に残るものだけではない。
 萌の選んだマフラーが欲しかった、と落ち込む駿介を、愛おしいと思った。
 髪飾りを上手くつけられずに困っている萌に、優しく手を貸してくれて、嬉しかった。
 やっぱりかわいい、と笑う姿も、萌の写真を見て幸せそうな表情を浮かべる姿も。
 萌に見られていると思うと張り切ってしまう、というかわいいところ。萌が口にした褒め言葉に、本気で照れているところ。
 今日駿介と一緒に過ごした全ての時間が、萌にとっては宝物なのだ。

 萌の家の前に着くと、駿介は「よいお年を。来年もよろしくな」と言ってくれる。萌も笑って、「こちらこそ、来年もよろしくお願いします」と頭を下げた。
 短い沈黙が二人の間に流れる。

 デートの別れ際が、こんなにも寂しいなんて知らなかった。
 たくさんはしゃいで、楽しくて、幸せな気持ちだったはずなのに、まだ帰りたくないと心が叫んでいる。

 萌がわがままを言えば、駿介はもう少し一緒にいてくれるかもしれない。でも、その分駿介は家に帰るのが遅くなってしまう。
 身勝手な気持ちで引き止めて、困らせたくない。
 もう少しだけ、と言いたくなる気持ちをぐっと飲み込んで、萌は小さく笑った。

「じゃあ…………送ってくれてありがとう。矢吹くんも、気をつけて帰ってね」
「ん、こっちこそありがとう。じゃあおやすみ」
「うん、おやすみ」

 手を振って、駿介の後ろ姿を見送る。いつもなら早く家に入れと怒られるけれど、今日の駿介は何も言わなかった。
 せめて、角を曲がって駿介の姿が見えなくなるまで、と見つめていると、ふいに彼が振り返った。駿介は萌のところまで走って戻ってくる。
 
「どうしたの? 忘れ物?」
「うん。忘れてたっていうよりは覚悟が決まってなかったって感じだけど、まあ、忘れ物かな」
「覚悟?」

 首を傾げる萌に、駿介が手を差し出す。ためらいながらその手に自分のそれを重ねると、駿介が萌の手を軽く引いた。
 予想していなかった行動に、身体が前へ傾く。次の瞬間には、駿介に強く抱きしめられていた。

「…………っ、や、矢吹、くん」

 大きな音で心臓が主張する。これ以上速く鼓動することなんて、出来ないんじゃないかと思うくらいに。
 冷えていたはずの身体が、内側からじわじわと熱くなっていく。きっと体温は急上昇している。
 どうしていいか分からなくて、駿介のコートをぎゅっと掴む。腕の力が少しだけ緩み、萌はおずおずと駿介を見上げた。
 真剣で、でもどこか余裕のない表情。
 その瞳に映る萌は、どんな顔をしているのだろう。きっと顔は真っ赤で、恥ずかしさのあまり涙ぐんでいて、情けない顔をしているに違いない。

「やぶきくん、あの……」

 少し声が震えた。
 嬉しくて、恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。
 駿介の胸のあたりにぎゅっとしがみつき、何かを言おうと思った。でも言葉は何も出てこなくて、結局駿介の心臓の鼓動だけを指先に感じていた。
 萌と同じくらい、もしかしたら、萌よりももっと速いかもしれない。
 駿介も緊張しているのだ。そう思ったら、少しだけ気持ちに余裕が出来た気がした。

 萌はしばらく駿介を上目遣いに見つめていたけれど、勇気を出して目を閉じてみた。すぐ近くで、駿介が息を飲んだのが分かった。

 もっと近づきたい。距離を縮めたい。心も身体も、少しの隙間もないくらい。ぴったりとくっつきたい。

 はしたないかもしれない。でもそれが萌の本音だったから。
 心臓の鼓動を感じる指先は、少しだけ震えていた。
 目を閉じていても分かる。影が深くなり、息遣いが近くなる。
 萌の唇に、あたたかな体温が重なった。緊張してきゅっと唇に力が入ってしまう。それを食むように、甘く、優しく触れられて、小さく声が漏れてしまった。その事実がとても恥ずかしくて、少しだけ駿介の胸を押すけれど、唇は離れなかった。

「…………ん、っ…………ふ、ぁ……、っ」

 口と口を、くっつけているだけ。それなのになぜかお腹の下の方からじわじわと熱が込み上げてくるような、腰が溶けてしまいそうな、そんな気がした。
 唇が離れるまで、何秒くらいだったのか、萌には分からない。すごく長かったような気がするのに、もっと、と思っている自分がいるのだ。

 とろん、ととろけた瞳を見て、駿介が喉を鳴らした。萌の頭はパンク寸前で、それでも恥ずかしいという気持ちだけは残っていたので、駿介の胸元に顔を押し付ける。

「……………………どうしよう、すっごくはずかしい」

 萌が震える声で呟くと、駿介は大きな手で萌の頭を撫でてくれる。その手がどこかぎこちなかったので、きっと駿介も同じくらい恥ずかしくて、ドキドキしているに違いない。

「俺も、どうしよう」
「…………なにが?」
「雨宮がかわいすぎて、理性が吹っ飛びそう」

 冗談だと思って少し笑ったのに、駿介は本当に困ったような顔をしている。
 まだ、これ以上の心の準備は出来ていないけれど、そのうち、いつか。
 恥ずかしすぎて口には出来ない。でもそんなことを心の中で呟いてみた。
 今の萌が言葉に出来る、精一杯。大好き、と小さく呟くと、駿介の優しい声が降ってきた。

「ん、俺も」

 また一つ、宝物が増えた。そんな気がした。