食事を終えた後は、コンサートホール近くの駅に移動した。二人とも普段は部活動で忙しいので、あまり遊び歩いた経験がない。高校生っぽい遊びってなんだろうね、と二人で真面目に話し、ゲームセンターに行ってみた。
クレーンゲーム機がたくさん並んでいて、中にはぬいぐるみやお菓子、アニメのグッズなどが並んでいた。
「こういうのって取れるのかな?」
「全然やったことないからなぁ。一回やってみるか」
駿介がいたずらな笑みを浮かべ、クレーンゲームにお金を入れる。中には猫のぬいぐるみがたくさん入っていた。見覚えがあるなぁ、と思っていたら、萌がよくメッセージアプリで使うスタンプの猫だった。
「あれ? この子私がスタンプで使ってる猫ちゃんだ」
「今気づいたのかよ。俺、見た瞬間分かったけど」
そう言いながらも、駿介は操作に集中している。アームを器用に動かし、三毛猫を掴み上げる。
気の抜けたような表情の猫は、そのまま取り出し口コーナーまで運ばれていった。
「ええー! すごいね、矢吹くん! 器用すぎるよ!」
「あまりにもすんなり取れたから、俺が一番びっくりしてるよ」
目を丸くしている駿介が、取れることもあるんだな、と呟きながら三毛猫のぬいぐるみを取り出す。そして片手に収まるサイズのそれを、萌の頭にちょこんと乗せた。
「えっ、猫! 猫が乗ってる」
「面白いから写真撮っていい?」
駿介が笑いながらスマートフォンのカメラを向けるので、萌はぬいぐるみを強調するように両手で指をさした。
撮った写真を見せてもらうと、萌が得意げな顔で猫のぬいぐるみを頭に乗せている。
これでは萌がぬいぐるみをゲットしたみたいだ。
「矢吹くんも写真撮ろうよ。猫ちゃんかわいいよ」
「ん? 俺はこの写真があれば十分」
画面を眺めながら、駿介が幸せそうに微笑む。なんだか恥ずかしくなって、駿介の手に無理矢理ぬいぐるみを乗せた。
すると駿介は不思議そうな表情を浮かべ、いらない? と訊いてくる。そして戸惑った萌に、追撃の一言を紡いだ。
「雨宮のために取ったのに」
「……もらっていいなら、ほしいです」
「うん。もらって」
駿介の言葉に甘えて、ぬいぐるみを受け取る。丸い猫は、駿介が萌のために取ってくれたのだと思うと、よりかわいく見えた。
店の中には、リズムゲームもたくさんあった。二人ともやり方が分からず、手探りの状態だったが、二人で遊べるゲームがあるのは楽しかった。萌も駿介も吹奏楽部員なのに、リズムゲームの成績はあまり良くなかった。それがまた面白くて、二人で顔を見合わせて笑った。
ゲームセンターの奥には、バッティングコーナーがあるようだった。萌が目を輝かせて、「あれやってみてもいい?」と訊ねると、駿介はとても驚いていた。
久しぶりに持つバットは、備え付けのものなので綺麗とは言いがたかったが、不思議と手に馴染んだ。
バッティングマシンの球を打つのは初めてだ。どんな感じでボールが飛んでくるのか分からなかったので、一球目は見送る。
ネットの後ろで、駿介が心配そうな声を上げた。
「大丈夫? ボール、結構速いけど」
「うん、大丈夫! ずっとやってみたかったんだ!」
「それならいいけど」
駿介の言葉を聞くのとほとんど同時に、ボールが勢いよく飛んでくる。萌も今度はバットを振ったけれど、空振りしてしまった。
それでもバットを振るうちにタイミングが掴めてくる。ボールを打つ感覚が懐かしくて、萌は夢中でバットを振った。
マシンが止まると、後ろから拍手の音が聞こえた。振り向くと駿介が手を叩きながら「すごいな、雨宮」と感心している。
少しだけ照れ臭くなって、小学生のときにちょっとだけ野球をやっていたことを説明する。
「野球は俺、授業以外でやったことないな」
「矢吹くんはバスケとサッカーをやってたんだっけ?」
「そう。今もたまに昼休みとかにやったりするよ」
萌も何度か見かけたことがある。昼休みに、クラスも学年も関係なく、たくさんの人と一緒にサッカーをしている駿介の姿。
現役サッカー部ほどではないにしても、いつも駿介は目立っていた。サッカー部のクラスメイトが、「駿介はパスを出したいと思ったところに必ずいるんだよな」と言っていたのを思い出す。きっと人よりも視野が広く、全体を見て動くことが出来るのだろう。
「矢吹くんがサッカーをしてるところ、前に見たことあるけど、上手いしかっこいいよね」
素直に褒める言葉を口にしたのだが、駿介はどこか複雑そうな表情を浮かべている。
どうしたの、と萌が訊ねると、そんなこと言われたら毎回張り切っちゃうじゃん、と言い出す。
「私に見られてるかもって思うと、張り切るの?」
「そりゃあね。ちょっとはかっこいいって思われたいし」
萌も駿介にはかわいいと思ってもらいたいので、きっと同じ感情なのだろう。
それにしても、と萌は小さく笑う。駿介はどうして笑われたのか分かっていないようで、呆れた? と見当違いのことを言ってくる。
「ううん、そうじゃなくてね」
「ん、なに?」
「私、ほとんど毎日、矢吹くんのことかっこいいって思ってるのになぁと思ってね」
「え?」
「矢吹くんは、トランペットを吹いてるときが一番かっこいいもん」
駿介の頰がじわじわと赤くなっていく。その反応を見たら萌も恥ずかしくなってしまい、「なんてね!」と誤魔化してみた。
ちょっと手を洗ってくるね、とお手洗いに逃げ込んだ萌の後ろで、駿介が小さく呟く。
「……言い逃げはずるいって」
俺にも言わせろよ、と紡がれた声は萌に届くことはなかったが、二人の心臓は同じくらい高鳴っていた。